気 廣川隆志view and feeling >> 2010年 1.2月
私の気の稽古場、今年の赤城山南麓西峰の窪は年末、年始を通じて日中でも、氷点下をわずか上回る程度の厳寒の日々を迎えている。周辺の景色も、寒さの中にひっそりと静まり返った様な雰囲気さえ漂っている。
いつもの年なら、年末年始は、窪のあたりは北風も当たらず、日向ぼっこをするような日々が多く、本格的な寒さは1月20日過ぎになることが多いが、今年はしっかり、本格的な寒さがやって来た。
酸性雨に耐えながら命からがらやっとたたずんでいる黒松も寒そうだし、陽だまりにやって来る、山ガラやシジュウガラ、コガラなどの小鳥たちも、大分、寒そうだ。
また、新しい年がやって来た。
新年を迎える気持ちも、その時、その時の自分が遭遇している事件やコンディションによって大分、様子が変わって来る事を実感する年になって来たことを感じながらの新年になってきました。
かつて、子供だった頃、我が家は商売を営んでいたので、事業がらまりの新年の挨拶(年始周り)の人たちに、お年玉欲しさに誰、彼かまわず「明けまして おめでとうございます。」と玄関に挨拶にとんでいって、挨拶していたことが、昨日のように懐かしく、また、鮮明に蘇って来る、今年の新年でした。

若さと共に、情熱オンリーで迎える正月もそれはそれで良かったが、新しく迎える年の気分の違いを楽しめる様になって来たのも人生の楽しさが一つ増えたことにしたい。こんな新年の迎え方もいいだろうと自分で勝手に納得している今日この頃です。

また、去年から今年にかけての私、自身の身体の変化は大幅に新しいゾーンに突入してきた。今、私の身体が経験しているのは、呼吸法 気功の最終 段階「脳が開く」という段階だ。これは「開かれた身体」が誕生しつつあるということだ。              

「開かれた身体」とは、「自然]、言葉を変えれば、[宇宙」に開かれた身体ということだ。
宇宙には気 生命エネルギーが遍満している。この気 生命エネルギーをしっかり呼吸する身体が誕生しつつある。

「宇宙に開かれた身体」への実感の第一は身体の細胞達の呼吸の実感だ。全身、60兆個あると言われている細胞たちが、身体全体で一つ一つが呼吸していることを感じている。大変な気持ち良さだ。

宇宙に遍満する、気 生命エネルギーは私達、[生命」にとって名前の通り、生きる為のエネルギーとして作用する。呼吸法 気功をやっている、やっていないにかかわらず、この世で生きとし、生けるもの全ては、この気 生命エネルギーによって生かされている。つまり、生きる為のおおもとのエネルギーが気 生命エネルギーなのだ。この、宇宙にある全ての生命を生かすエネルギーを呼吸する力、呼吸力が強力に向上する。そうすると当然、細胞一つ一つの生きる力も向上する。その、細胞が構成する身体も当然、生きる力が向上する。

そして、呼吸法 気功で培った、その、気 生命エネルギーを確認する方法を私達、呼吸法 気功研究会は持って持っている。「気 生命エネルギーの交流 錬気」だ。このパワーも今までとは比較のならない向上を始めている。

また、遠隔外気寮法(遠隔気功療法)のパワーと内容も以前と比較にならない程、大幅に向上してきた。

先ず、被施術者(施術を受ける人)の身体内部のストレス(マイナスエネルギー)の分布が私の身体の内部にコピーされる様に投影される様になったことだ。これは、ストレスの核となる、脳や背骨内部だけではなく、症状の出ている臓器や身体部位、時にはそれをれを連絡する神経までも身体を通じて見えてくる。

身体を通じて見えるだけでは意味がない。この身体を通じて見える被施術者の身体内部のストレスを私の身体で捉えながら、身体外部に放出させるパワーが格段に強力になった事だ。これは、ターゲットとなる臓器や身体部位を細胞の内部にあるミトコンドリアを強力に活性化しただけではダメである。身体全体の細胞レベルの活性化も必要である。

この二つの行動の原理は身体の特性である「身体は細胞ラジオ」のような性質を持っている。すなわち、しっかり怒った人の近くにいると怒りというマイナスエネルギー(ストレス)の影響を受けるし、明るく、清清しい人の近くにいると、明るく清清しい気分になることを読者の方々も経験されていると思う。こんな特性を身体は持っているが、こんな身体の能力を強力に向上させ、地球上の何処に居ても意識が通じ合えば上記の様な施術が成り立つのが、呼吸法 気功療法の遠隔外気療法(遠隔気功療法)なのだ。


さらに、前回のveiw annd feelingに書いた様に様々な[偶然の必然」にも日常的に遭遇している。私達の呼吸法 気功は気 生命エネルギーの循環の向上により、フレキシブルでパワフルな身体をつくるだけでなく、ある時点から、さまざまな[偶然の必然」が織り成す楽しい人生模様が誕生して来る。実に愉快だ。こんな他力を見方につけて、甘える事無く、この生きる楽しさを更に充実した一年にしたいものである。

去年の暮れに伊豆に遊びに行ってきた。一日目の昼、伊東市の郊外の川奈にある、イタリアンレストランで昼食を取った。テレビで様子が放映されていたので、立ち寄ってみたくなったのだが、前評判以上のレストランで大変、気に入った。

そこでのランチのデザートのオーダーを支配人らしき人が席に取りに来た。手馴れていて、楽しく、私達のランチのリードをしてくれる。そして、窓から見える相模湾を指して「あれが三浦半島です。そして、その向こうの右に見えるのが、房総半島です。

本当は相模湾はあの房総半島からこの、伊豆半島にまたがる大きな湾なんです。」

そうか! と私はこの、支配人らしき人の言葉に、いやに納得してしまった。              「じゃあ 東京湾は?」そんなの[東京の人の見る相模湾さ!」 

じゃあインド洋は?「インドから見た太平洋さ!」

と愉快な気分になっていた。じゃあ太平洋と太西洋の境目は? ないさ!どっちも「海」なんだから!

私達の日常はボーダーラインを決めなくてはならないことがなんと多いことか!

私達人間の言葉[脳」の作り出すバーチャルリアリティの世界は、便利だけど、なんとも切なく、窮屈なことか!
気 廣川隆志view and feeling>> 2009年 11,12月
今、西峯の窪では紅葉が終わり、冬景色への変貌の真っ最中だ。昼、夜の温度差が少なかったせいか、今年の紅葉は見栄えのしない紅葉だった。いつも、通り道、のある漆が、いつも真っ赤に色付くのに、今年はさっぱりだ。こんな年もいいだろう。
先ほど、プロスキーヤーの三浦雄一郎氏のエベレスト登頂のヴィデオがテレビに放映されたが、登頂の道のりについて、「辛くて、厳しくて、ありがたかった。」と伺っていやに、納得出来た。「山頂に立って景色を見渡すと、エベレストは山ではなく、海を感ずる。」これも、なかなか、頂上に立ってみないと、ピンと来ないだろうが、リアリティのある言葉だった。私は、その画像を見て、「地球が見えた。」感じがした。とにかく雄大な景色だった。

今年は、稽古のキーワードが更に、「楽しく生きるという事」の実感として、「偶然の必然」との出会いの日常化という現象を経験しつつある。
「偶然の必然」とは、その事の起きる常識的な確率が圧倒的に低いことが、確率を遙かに超えて起きてくる。生命の善循環(気 生命エネルギーが循環の大幅な増大)の一貫として起きて来る好都合な現象のこと。
身体は小宇宙 「偶然の必然」が人生の軌道を楽しく、
豊かにする。気 生命エネルギーは天産(自然の算出物)
エネルギーは存在そのもの。私達の生きる大本のエネルギー、気 生命エネルギーも当然、存在そのものだ。 自然現象のもと、宇宙が、地球が誕生し、生命が、そして、私達人間が誕生し、生存いている。社会が形成され、国家がある。そのこと自体が、気 生命エネルギーが自然の産出物であることを示している。つまり、エネルギーは存在そのものであるということだ。

宇宙の法則のなかで、私達の知っている科学、私達の知らない新羅万障が自然の摂理のもと動き、諸々全てのものが、運航している。大は天体の運行から、超微粒子の世界まで、存在しているのではなく、運航しているのだ。この法則のもとはエネルギーによって支えられている。
この、宇宙の法則の中で、我々銀河系の運航、そして、太陽系、そして、私達の住む地球も当然、エネルギーの循環の法則によって成立している。地球の自転と共に、対流圏の大気の大循環は、モンスーン現象を引き起こし、寒暖や雨量の自然調節を行い、熱帯雨林や砂漠を作り、引力や大気の気圧など、世の中の森羅万象が、全て、エネルギーによって現実に出現している。

私達の存在の大元は、宇宙が運航する事だ。人間の存在もエネルギーの運航の現れだ。
私達人間にとって、気 生命エネルギーの循環の善し悪しが、命の運び方、運命なのだ。この、運命は、天の与えるもので、簡単に人為をもって変えることは出来ない。
私達人間が様々な工夫や、策を弄しても、頭脳の叡智では、運命を本質的に変革することは不可能だ。
この世の社会の仕組みの中で、仮につくられた自己のアイデンティティ(主体性)のもとに、人間は努力のみによって、地位や業績を創り上げることが出来ると、信じている。確かにそれはそれなりに、合理的な考えだ。しかし、それは、私達人間の創りだした、私達人間に都合のいい幻想である。私達の地位や業績などの結果は運航の法則ににより、たまたま、たまたま上昇する運の流れに乗った人、つまり、運のいい人間の叡智と努力が相まって、その願望を実現する。
私達の命の運び方、「運命」そのものが、私達の「存在」であるから、ほとんどの人は、膨大な運命の力に抗し切れない。したがって、運は天のお指図だと、行き当たりばったりの、ご都合主義や、どうなんだろうか?と日和見主義に陥ったり、あるいは、運命に脅えたり、服従することが多い。

しかし、これでは、たった1回の貴重な人生を無下にすることになる。また、頑迷に、大志と努力の力で、世の中に成さざるもの無しと、人生という大海を果徹に進むのは、指針のないドンキホーテに似て、根拠のない、蛮勇をふるうに等しいことになりかねない。

「エネルギーの運航を改善出来るのは、ただ、エネルギーのみである。」人知では計り知れない、生きるエネルギーの力、物理的なパワーや人為的なパワーを超えた力という意味で、これを、フォース(Force)と言っていい。私達人間を生かしているのは、このフォース(Force)である。これは、身体の「緩み」の充実と共に現れ、気 生命エネルギーの充実そのものだ。

身体が「緩み」生命エネルギーが充実して身体が気 生命エネルギーに満ちてくると、瞬間の閃きが生まれ、その閃きに応じて、活動する事で、ひいては希望が達成しやすくなる。

このフォース(Force)はいわゆる超能力とは違う。超能力という場合、過去に超人が示したとされる奇蹟の概念と、実際にそうあって欲しいという願望との虚実が相まって作り出されることがほとんどだ。つまり、頭脳で無理につくり出した、メンタルな色彩が強い。
従って、超能力には胡散臭さ(うさんくささ)がともなう。フォース(Force)を獲得することは、生きる原動力を直接(じか)に駆使することになるので、先ず若々しくなる。若々しさは、気 生命エネルギーの量に比例する。若々しさこそ生きた能力を開花させる源である。

ピカソも93歳という長寿を全うした。気 生命エネルギーあふれる芸術家で、一生を二生にも三生にも生きた。キュービズムを創始し、巨匠となる前に、ピカソはその作風で一時代を築いた。少年時代から、傑出した写実技法を身につけ、二十代には「青の時代」、続いて「薔薇色の時代」を創り、五十代には表現主義的シュールレアリズム的傾向の大作、「ゲルニカ」を描いた。そのどれもが完璧性を備え、どの変遷期にも、芸術的バイタリティーの溢れていた。
若さとは、1回の人生を何回も生きる、つまり、人生の中で、鮮やかな時代を何度も創るることだ。・・・

西野皓三著「気の超力」より。
「偶然の必然」の現れは、フォース(Force)気 生命エネルギーと身体のコラボレーション。
それでは、私、廣川隆志の今年の「偶然の必然」の楽しかったベスト3を紹介する。
先ず楽しさの第一番目は前回のview and feelingにも書いた、このホームページの初代画像の木に金沢で出会えた時の感動だった。
人との出会いで、感動することは今までも沢山あった。しかし、一本の木に出会って感動したことは、これまでなかった。このホームページを立ち上げる時、あれこれとトップページの画像を決めるとき最終的に選んだ、画像だったので、思い入れもひとしおだった。私がこの木の画像に求めたのは、「老齢、重々しさ」だった。
残念ながら、金沢の自然史博物館の庭で出会った画像の木は、ズット若かった。ホームページの素材として大部編集されていた。でも、カメラのアングルに近づくと、その木はそれであることをハッキリ語りかける様に、姿を現した。私も、その木に「あなたは、ここにいたんですか?!」と語りかけた。今から、約、半年前のことである。
とにかく、画像に使った木になんて、何の手がかりもなしに出会えるなんて、考えても、思ってもいなかった。そんな出会いだった。日本にある木の数は人間よりも遙かに多いはず、この、「偶然の必然」との出会いは、活性化した、気 生命エネルギーと身体とのコラボレーションに一幕だった。

そして、二番目は趣味の世界で起こった事。今年、年明けにこんな事を決めた。数年前から、音痴だった私が少しずつ音楽の世界を楽しく感じる様になり、日本のポップスのジャンルの何人かのアーチストのコンサートに行きたくなった。いずれの方も高齢化しているので、今年中にコンサート会場が多少遠くであっても宿泊して聞きに行こうと決めた。この群馬は田舎なので、トップアーチストと言われる人達はコンサートにはメッタに来ない。
私がコンサートに行きたいアーチストとは、井上陽水、南こうせつ、 さだ まさし、谷村 新司、出来たら、加山 雄三の四名だった。
南 こうせつ氏は私の呼吸法 気功教室の会場。群馬県総合スポーツセンターでここ毎年、サマージャンボリーというイベントコンサートを有名な何人かのフォークシンガーと行っているので、群馬でのコンサートの予定があったが、他の三人のアーチストについては、予定は知らなかった。ところが・・・である。
井上陽水氏は6月に、さだ まさし氏は8月に、谷村新司氏は9月に加山雄三氏は11月にこの群馬でライブコンサートを実施することになった。谷村新司氏はアリスを再結成してのコンサートだった。チケットを取るのは大変だったが、宿泊してでも聞きたい4人のアーチストのコンサートが春になって、群馬で開催される事を知った。そして、初夏になって、加山雄三氏が高碕音楽祭のフィナーレに招かれることを知った。この時、やったね!「ビンゴ」だ!なんとなく、愉快な気分になった。
年明けに、ライブコンサートに行くことを決めたが、四人とも群馬で聞けるとは、愉快で、楽しく、嬉しかった。
そして、まだ、よく出来た続きがある。11月の加山雄三氏のコンサートでの事。今年になって、英語の歌を何曲か好きになった。カラオケで歌える様に練習していた歌が三曲あった。ビートルズのイエスタデイ。フランク・シナトラのマイウエイ。そして、アメイジンググレイスだった。イエスタデイはコンサートの選曲に入っていたがアメイジンググレイスはアンコールにそして、マイウエイはアンコールのフィナーレの曲として、聞くことが出来た。加山雄三がアンコールで2曲を歌い、「もう一曲、歌っていいっすか?人生とは・・・それでは、マイウエイを歌います。」と言ったとき私の中で「やったね!」と叫んでいた。フランクシナトラ以来、あの、ダイナミックな歌い上げる感じを継承出来るアーチストはいないものか?と感じていたところ、本当にこんなタイミングにこんなダイナミックなフィナーレのマイウェイに出会えたのには驚きと感動が一気に押し寄せて来た。気 生命エネルギーと身体のコラボレーション「偶然のとは、本当に驚きと感動を運んできてくれるものだ。

三つ目は生活の場での出来事だった。妻にスーパーでの買い物を頼まれた。「卵を買って来て欲しい」と言われた。その前に見たい映画があったので映画館へ、その帰りに幾つかの用を足して、スーパーへ、スーパーについたら、入り口に、美味しそうな南水という梨が陳列してあり、美味しそうだなあ!と近づき、どれにしようか?品定めを始めていた。そして、梨を購入すると、大好きな「あられ」を捜していた。そして、「あられ」をカゴに入れると卵のことなど忘れて、レジに向かおうとしたその時、「おじさん!今日は卵が安いから、買ってぎな!」70歳近いお婆ちゃんの声、「おじさんって誰だ?辺りを見廻す。誰もいない。なんだ私のことか!」
続いて、「大玉が1パック98円だよ!1パックしかうってくれないんだよ。安いから買って行きな!」

「なんでこの婆さん、卵をかってけと大きなお世話だ」と思っているうちに、妻から、「卵を買ってきて」と言われていたことを思い出した。そして、卵売り場に直行した。卵売り場に移動しながら、なんで、あの婆さん、私が卵を・・・。

とにかく、その後も愉快で幸せな気分になった。気 生命エネルギーと身体のコラボレーション、「偶然の必然」とは、愉快で楽しい事が起こるものだと、家路を急いだ。
気 廣川隆志 view and feelinng >>2009年 9,10 月
気 生命エネルギーには、レベルがある。見えないから厄介だ。
今年の西峯の窪の秋は早くやって来た。9月初旬頃から、半袖シャツでの稽古は涼しく感じる日が多かった。今では、山栗の木の下には栗の実が沢山落ちている。
今の季節特有の寂しさがたたよっている中にたたずんでいると、なんとなく人間も季節色に染まってしまうような気がしてくる。辺り一面、華やかさを探し出すことが難しい、そんな景色が今、展開している。
この、ビューアンドフィーリングはわが師、西野皓三先生が「生命エネルギーの循環が変われば、生きる景色も変わってくる。」とかつて、その著書の中で言われたことを機に、では、その、生きる景色はどの様にかわって行くのか?私、自身の変化を見てみたいという好奇心から、このページをつくる事にした。

生命エネルギーは条件次第で写真に写るので、その、写真とその時々のコメントで同じ人間がどんなふうに変わるのか、その一部を紹介する。

Viewビュウーは視界、景色の意.。feelingフィーリングはどんな感じ持ってその景色を捉え、感じているのか?と言う意。それを知りたいと思いこのページをつくることにした。

そして、このページを作りながら、感じたこと。さらに、身体が生命エネルギーの循環を増し、身体が(宇宙に)開かれた自己を形成しつつある中で捉え、感じたことをここに少しずつでも、著し、ご覧いただければと思います。

ここに4枚の私の写真がある。人間のパワーについての関心は5~6歳ころからあった様に記憶している。先ず、パワーへの関心は目で見え、計測可能な、わかり易い、筋力、そして、力×スピードの世界へと向かった。ウエイトトレーニングの世界だ。
そして、それらは、スポーツの種目、とりわけ、パワー系競技の陸上競技や競泳に向かった。そして、それらを通じて身体文化としてのいくつかのメソッド(方法論)と言えるものと出会った。また、それらの、メンタル、フィジカル両面にわたる、指導実践も経験した。

そして、それまでも折にふれて経験していたが、身体の動きの極限状態の中で現れる「筋力でも精神力でもない、身体の動きを決定するもの、」だった。これは何だろう?
この疑問が「気の世界」へと私を運んでいった。
この頃は、「筋力でも精神力でもないもの」は呼吸と共に現れることまでは、捉えていた。しかし、「身体の極限状態」にとらわれていた為、それ以上の方法論上のアプローチは出来ずにいた。
西野流呼吸法に出会う直前の
私(廣川隆志 )写真中央
「一枚目の写真は約10年前にスポーツの指導の現場を離れ、気の世界への様々な、空振りの続く出会いの中、身体から「筋力の完成!」という不思議なメツセージの様なものを感じていた。そして、25年のトレーニング生活をしめつくくるべく、身体の筋力を仕上げることに全力をあげていた。しかし、身体は、気持ちに沿わず、老化の症状を発して来た。そして、この、一年後には25年間やって来たウエイトトレーニングが西野流呼吸法との出会いで、強力に復活し、20歳代の私を遙かに超える元気な身体に勢いずく事になる事をまだ、知らずに居る私。
足が黒く見えるのは、日焼けではなく、ストレス(マイナスエネルギー)だ。
まだ、常識の世界にしつかりとリンクしていて、人間の作った物が全てだと錯覚していた頃の、生きる為の苦しみがストレスとなって現れている可哀想な私。
西野流呼吸法2年目の私
二枚目の写真は西野塾の昼休みの写真。右は新潟市にお住まいの長野氏、呼吸法 気功歴25年新潟市で気功教室を主宰していた。
当時、70歳の長野氏は「稽古場で、少年の様な心ではしゃいでいるのが魅力的だった。
この頃の私は、「筋力の完成!」という身体の内からのメツセージを実践し、仕上げ、呼吸法 気功の世界にやつと、たどりつき、私が極めたと思つていた身体の世界は、残念ながら、「筋力は筋力という身体の持つ能力でしかなかったことを知る。」同時に、西野皓三師の体現されている気 生命エネルギーの世界こそ人間の持つパワーの世界であることを確信する。
人間とは?自然とは?現在の常識的、マニュアル的な事実は自然、あるいは森羅万象のほんの氷山の一角でしかないことを知る。まだまだ、人間にも自然にも広がりがあることを知り又、少年の頃に戻れた世界が拡がる楽しさとも、再び出会う。
大分太っているのは、当時、同門の女優の由美かおるさんから「寝る前に天丼を食べても太らない、むしろ、食べ足りないでお腹がすいて目が覚めてしまうことがいや。」ということを耳にして、同じ様な食べ方をしたら、まだ、当時、ミトコンドリアの活性が低く、基礎代謝が低いため体脂肪率20パーセントくらいまで、太ってしまった。ウエイトトレーニングを止めて1年筋量で5キロ位小さくなっている。
当時、住宅営業マンをやっていたが、行動の若返りと、しつかり、眠っても2時間位、睡眠時間を短縮できたので、生活時間に余裕が出来た。
呼吸法 気功による様々なフィジカル、メンタルな効果を実感し始めた時期でもある。西野先生につけていただいた呼吸法の気の交流、対気はオールアウトの稽古だった。もう動けない自分の向こう側にある、迷いのない、静かでなんとも心地よい世界が待っていた。
写真の肩から首、頭周辺が明るくなっているのがわかる。気 生命エネルギーだ。
西野流呼吸法7年目の頃(気
持ちが足芯に下りた頃の私)
三枚目の写真は、気持ちが足芯に下りて少し経過した頃の写真。呼吸法 気功研究会をスタートして5年が経過した頃。何しろ動くことが楽しくて、一日中、呼吸法の稽古が出来る様になってあっという間に5年が経過していた。

身体の感覚も今まで感じる事のない、初期の足芯、百会が開くことや、直感が冴えてくるのを感じながら、新しい自己の目覚めにワクワクする毎日を送っていた。

様々な偶然の必然に出会うことも日常の景色となった。
例えば、自宅で気功療法の施術が長引き、高碕のスポーツクラブでの教室の時間に30分位食い込んでしまいそうな状態で家を出ると、30箇所くらいある途中の信号機が2箇所を除いて全て青で,遅刻の連絡をスポーツクラブに入れようと思っているうちに、逆にいつもより、早くスポーツクラブに到着してしまっていた。等等。

呼吸法 気功の気の交流「練気」で発する生命エネルギーのパワーも以前とは比較にならなくなってきたのも、この頃からだ。

二枚目の写真では首た頭のあたりが明るくなっていたが、この写真では公園全体が明るくなっている。
平成21年9月末の私
4枚目の写真はつい最近、金沢に行った時、朝、群馬を出てドライブ。一日目の昼、久々の金沢の「杉の井」の郷土料理にありつける直前、ほっとした瞬間の写真。生命エネルギーの循環は三枚目の頃とは、また、比較にならない。この5年間は一日10時間の稽古は欠かさなかった。うち、2年は一日13~4時間の呼吸法 気功の稽古が出来た。

やっと身体のエネルギーレベルの完成がどんなものか?イメージできるところまで、やって来たようだ。
頭の自分をリードする自己(体の自分)がしっかり登場して「身体の知」を発揮してくれている。

偶然の必然の現れる現れ方、内容も変わってきている。
この金沢では、こんな事もあった。
このホームページのトップの画像は初めは「老齢な大きなブナの木」だった。今は別のものを使っているが・・・。

なんと、最初に使った画像の「老齢な大きなブナの木」にこの春、金沢に訪れた時に出会ったのだ。それは、金沢の県立歴史博物館のトイレの前で出会った。兼六園を観て駐車場へ移動中だった。どこかで見たことがあるが・・・と思いよく見るとやっぱりそうだった。生えている木にであったのに、「あなたはここで生活していたのですね。」と突然出会えた親しみと大部、老いた化粧をされていた様子に、本当はズット若かったんだ!と変な安心をしたのも、人間よりズット数多く生えている木のうちの一本に出会えたからこそ。この出会いの確立を考えると、楽しい。

上の写真では、身体の右側が見えにくく成っている。これは身体の左半身より右側が生命エネルギーの循環良いからだ。やがて身体の見えない写真を御覧にいれられる時期が来ると思う。私はその様な「開かれた身体」を20世紀中に確立された方を複数、知っている。私もあと数年で、その様な身体をつくれるとことまで来たようだ。その時はまた、どんな感じなのかお伝えする。
このホームページ初めの トップページ画像の木
金沢で出会った初めの
トップページ画像の木
気 廣川隆志 view and feelinng >> 2009年 7 ,8 月
あなたは あなたが食べ、考えた結果だ。の巻(2)
この、ホームページもお陰様で月に1、500名を超える訪問者の皆様に御覧いただくホームページに成長してまいりました。心から、お礼申し上げます。

「ありがとうございます。これから、更に有用エネルギーである、気 生命エネルギーにの関して、様々な観点から、発信してまいります。これから、さらに、よろしく、お願い申し上げます。」

私の気の稽古場、赤城山南面、西峯の窪も梅雨明けの何日かの夏の暑さを経験し、蝉たちの大合唱が始まりました。しかし、彼らがとまる黒松が年々、酸性雨で減少し、今では、この会を始めた頃の半分以下に、なってしまいました。蝉たちも寂しそうです。
あなたが考えた結果。とは?
ここで言う考えるとは、頭で考えるという意味ではなさそうだ。
あなたが、食べた結果誕生するフィジカルな身体がその様であったように、生き、行動し、思い、悩み、考えた結果、誕生するメンタルな働きが「考えた」という言葉に集約されている。それが今回のテーマだ。

身体は自然の一部として存在している。生きる営みを続けることは、生きた身体の特権だ。そして、それを実現するには身体内部、外部の環境が大事だ。

身体内部の環境とは、身体の再生がされる内部環境ということ。私達の身体は60兆という途方もない数の細胞によって構成されている。その細胞は約300種類の機能を分担して、様々な組織や臓器をを形成している。さらに、その組織や臓器は古くなれば再生される。再生される為の情報が一つ一つ、の細胞の中にある、DNAだ。だから、古くなっても、生存出来る期間であれば、再生が可能だ。そして、生きているということは、細胞が再生されるプロセスそのものだ。だから、生き続けられる。

このプロセスで身体は基本的に誤るということはしない。身体の「生きる営み」は外部環境に余程の変動がなければ、再生してくる細胞は再生前の細胞より少しだけ老化(古くなる)した細胞だ。そして、身体は少しずつ老化しつつ、依然とほぼ同じ機能を発揮し続ける。

一方、メンタルはと言うと昔から、心(こころ)の由来に代表されるようにころ ころと変わるので,ころ ころが心ということばになった。
これは昨日、今日始まったことではなく、私達がこのスタイルの身体を持つ事になったことによる。
残念ながら頭脳は洗練されてない!
こんなこと当たり前じゃないか!と言われる方も多いと思う。その通り!なのだ。
先ず、経験的に、良いことが続く、そうするとだんだん大ざっぱになってくる。得意に成ってくる人もいるだろう。 
逆に上手く行かない事が続く、だんだん、元気だったはずが、意気消沈してくる。これでいいのか?疑いぶかくなる。得意だった自分がどこかにいってしまう。
こんな事、経験したり、よく見かけたりする良くある話。

そして、さらに、悲しいことばかり経験していると、誰が見ても悲しそうな顔になってしまっている人。
「泣きっ面に蜂」悲しさは悲しさをつれてくる。
怒ってばかり居る人は怒った様な顔になってしまう。ここまで来なくても、それらしい人になってしまった人、沢山、目撃している方も多いと思う。
悲しい、怒りはわかりやすいが、今の時代、どうして、生きて良いのやらわからない!と、言いようのない不安を抱えた人の何と多いことか!

前置きはこのくらいにして、「あなたはあなたの考えた結果だ。」(あなたはあなたの経験したメンタルの結果だ)というのは正しいと思う。

私達の脳の働きで精神的は脳の働きを説明する手法が登場して、30年を超えるように記憶しているが、私達の精神な現象は実際は、もっと身体的で複雑なのだ。

人生様々なことが待っている。その時経験した大きな情動の表れはその時だけでなく、その時以降、身体に蓄積される。様々な経験したストレスは身体に蓄積される。そして、その人独特の個性にもなり、頑固にもなる。

どこに、蓄積したストレスは現れるか?
背中上部には情動のあまり含まれない、ストレスが蓄積される。
胸には、情動のハッキリしたストレス、寂しさ、悲しみ、いかり、などが蓄積される。
さらに、腰には「生きる営み」がらみの縄張り等や、仕事がらみのストレスが蓄積される。

私達の思考は本来、脳と、背中、胸、腰との連絡で成り立っている。決して、脳、単独での働きではないのだ。

そして、この過去に蓄積したストレスが自己の一部とし生き続ける。だから、大きなストレスは自己(身体の自分)だけでなく、自我(頭の自分)にも影響を与えながら人生は展開する。そして、身体が持ちきれなければ、邪念となっていつも脳裏をかすめたり、発病したり、不定愁訴となってストレスのモードとなる。ストレスが大きければ苦しさや病気の症状となって蓄積したストレス(マイナスエネルギー)の一部を身体外に放出する。

こんな、身体に蓄積されたストレスに多かれ、少なかれ影響されながらの私達の思考。(頭の考えである。)ころ ころと変わり、あまり、頼りにならないことも多いだろう。

思考もストレスを蓄積した身体ではなかなか、良い結論は出ないだろう。それは、思考も、自分のストレス色に染まってしまうからだ。
ここで終わってしまったらつまらない。ところが、である。自分ではどうにもならないストレスをコントロールする方法論がある。自分に蓄積したストレスを、減らし、もっと自由な思考を実現しようというのだ。私達の呼吸法 気功だ。稽古が進み身体のバランスがとれてくると、メンタルな景色も大部、変わってくる。

私達の呼吸法 気功の稽古で身体にたまったストレスが減って心身のバランスが取れてくると、こんな寂しい、自分色の不自由な思考から、本来の自分の自己の思考が取り戻されてくる。もっと自由に!自分本来の思考は自分だけのもの。だから、大切にしたい。一度限りの人生だから!
気 廣川隆志 view and feeling >> 2009年 5,6月
再発リンパ癌からの回復
i ここ、赤城南麓の私の気の稽古場、西峯の窪は春真っ盛り。花が咲き、ウグイスがさえずり、緑が萌え出て、春が春を楽しんでいる。そんな今を迎えている。先日、北陸に旅に言ったら、「偶然の必然」に沢山出会った。この、ホームページの最初に使った大木画像があったが、なんと、その木が北陸の地、金沢にあったのだ。兼六園を見て、駐車場へ戻るとき、県立歴史博物館のトイレに行きたくなった。トイレで用を済ませ、前を見ると、見覚えのある、木が前にある。よく見てみると、このホームページで画像として、使ったことのある、木ではないか!偶然とは言え、なんとも、幸せの気分になった。木に向かって「こんにちは!はじめまして!あなたは、ここにいたのですね!」と思わず、そんな気持ちになった。

今月は、あなたは、あなたが食べ、あなたが、考えた結果だ。(2)を予定していましたが、呼吸法 気功療法で、医師より、現代医学で回復の可能性10パーセントより、ずっっと低いと言われた、茨城県に住まわれている、I さんから、リンパ癌の病気回復の経験をお書きいただきましたので、それを公開させて、いただきます。
医師より回復の可能性10パーセント以下と言われた、
再発リンパ癌からの回復
私は平成20年の正月に体調を崩しました。初めは胸と手が痛く苦しくなり、次第に、足が痛くなり、歩行もままならなくなってしまいました。T大学病院に入院し、痛みは良くなるかな?と期待をしていましたが、色々な処置を試みましたが、日を追うごとに、痛みは強く、体に響くようになって、痛みの数値もどんどん強くなって、夜も眠れなくなってしまいました。トイレに行く時の歩行は、お年寄りの様な歩きになってしまい、入院時、1分かからずに行けたトイレが2~3分かけないと行けなくなり、歩けなくなるのではないか?と心配になりました。そんな、私を見かねて、母は「このままではいけない、なんとかしなければ!」と思ったそうです。
ホームページを調べ、「呼吸法 気功研究会の廣川先生」に私のこの訳のわからない痛みとの闘いに、終止符を打つことが出来ないものか?とお願いのお電話をさせていただいた。」とのことです。

私は呼吸法 気功のことは今まで触れたことのない世界なので、こんな、離れたところで、電話を通じて、体がどうこうなるということことは、信じられませんでしたが、「とにかく、この痛みをなんとかしてくれるものがあれば、何にでもすがりたい心境でした。」そして、先生と連絡が付いた、その日から、施術は始まりました。とりあえず、「1日置おきに施術を繰り返し、様子を見ましょう。」と言うことで施術がスタートしたそうです。

そして、第一回目の施術開始、「それでは、おへその下、このあたり一帯を丹田と言いますが、このあたりをゆったり、意識してみてください。」こんな、電話越しの言葉、をききながら、私の気の施術はスタートしました。丹田に気 生命エネルギーを送って頂き始めて少ししたら、胸の痛みが楽になり、手から痛みが出ていくような感じがしました。そうしたら、すぐに、眠気が私を襲ってきました。その後は睡眠の為、何も覚えていません。「たた、暖かいものに包まれて、安心している事を感じていた。」そして、20時間くらい、ただ、眠っていたそうです。目が覚めたら、手足の痛みはほとんどなく、手足のむくみ、と少しの痛みの残りを感じていました。そして、思いました。なんだったんだろう?あの痛みは?目が覚めてから、トイレにもスムーズのいけるようになり、ました。「気ってすごい!!」と思いました。わずか、数分で眠り始めた私を見て、母は安心と共に、「ありがたい、ありがとう。」を繰り返し、ただ、ただ、涙が出てとまらなかったそうです。

胸と手足の痛みとの闘いは、一週間程で終わりました。そして、退院の前の検査の時、「胸に陰があるので、検査の必要あり。」と言われ、検査をしたら、リンパにガンがあることが、わかりました。2年前、私は、子宮ガンをやっていたので、再発のリンパガンです。胸や、手足の痛みはこの、リンパガンから来ていたようです。

そして、母がこのことを廣川先生にご相談に、ガンの再発がわかった翌日、群馬にお邪魔したとのこと。そして、廣川先生は、母に一言、「ガンは正しく対処すれば必ず治る病気です。この会では沢山の人がガンから回復をしています。それをやりましょう。」といわれたそうです。病気が治ってから、母に聞いた話ですが、以前のガンの担当医からは、「このパターンのガンの生存率は10パーセントより、ズット小さいと言われ、さらに、このリンパガンの位置は、幾つかの臓器や血管が近くに有るため、手術は難しい。」と言われ、気落ちしていたところに、「正しく対処すれば治る病気。」確信に満ちた言葉を聞けたため、また、涙が出て、止まらなかったそうです。先生、泣きべその母で大変、失礼しました。
正しい対処とは、母から何度も、何度も聞かされましたので、覚えてしまいました。
1.悪い呼吸(口呼吸)からの決別。(目覚めてる時ばかりげなく、眠っている時も、口呼吸をしないこと。身体にばい菌は入れない。体に入ったばい菌は免疫を中心にした体内環境を乱す。)
2.体にはエネルギーを十分与え続けること。(生命エネルギーを身体に。たべもの、気分を含め、明るい、楽しい環境づくり等、)
3.体は、冷やさないで、あたためること。
を言われたそうで、私は寝て居るときに口を開けていたり、イビキをかいたとき、口呼吸をしていたり、母は私の口呼吸が気になっていたそうで、これを機に口呼吸を止めさせる決意をしたそうです。
それと、新潟大学の安保先生の著書「免疫学問答」を「ガンに関しては、エネルギーの事は、解っていないし、書かれていないけど、エネルギーのこと以外は、この本の内容でいいと思う。」と廣川先生に、1冊いただいて、理論武装したそうです。

そして、リンパガンを対象にした施術が始まりました。胸の痛みの入院で、二週間近く、ほとんど、眠れない日々が続いた直後なので「、基本は1日おきに1回一時間程度。の施術をしながら、新しい展開があったら、その都度対処してゆく。」ということでした。この頃、施術の時、何かを感じるということはとりわけ、ありませんでした。ただ、施術が終わった頃、体が、少し、暖かくなり、なんだか、落ち着いた気分になりました。

施術は母が群馬から帰って来た、その日から、無理をいって、開始をお願いしました。そして、母と私の夫の家族の間では、私の病気の病院での、治療方針について、話し合われたそうですが、「抗ガン剤治療をまた、やることになった。」と、寂しそうに聞かされました。私は、前回の子宮ガンの時、も抗ガン剤の治療は経験しているので、「しょうがないな。」と思いました。母の考えは、「抗ガン剤は使いたくない。」と言う考えでしたので、両家の考えの間を取って、「出来るだけ、抗ガン剤の治療までの時間を延ばし、治療開始を決める前にガンの様子を検査して、どうしても必要ならば、投薬治療をする。」ということで、両家の話し合いはつきました。

このことを廣川先生にお話しすると、「身体が元気になり始める頃、ガンは大きくなったり、転移があったり、しますよ。」と言われました。先生から、いただいた「免疫学問答」にも、そのように書かれていました。どうしてなのか?と先生に母がお訪ねしたら、

「身体の細胞には身体のネットワークがあって、ガン細胞をやっつけるには、ガン細胞を食べる、白血球のグループの正常な活動が必要です。ガンを食べて処理する細胞達は、いきなり、気を照射してもストレートに元気になる訳ではありません。というのは、白血球の仲間は、腸管内臓系の活性ににより、元気になったり、元気が無くなったりします。腸管内臓系の動きと連動していることが、解っています。そして、腸管内臓系を元気にするには、病気を育ててしまう、交感神経の緊張した、体から、副交感神経の活性化した体にならなくてはなりません。その為には、気 生命エネルギーがその副交感神経の活性化を実行する役割をします。」このことは、気 生命エネルギーを照射すると、少しずつ、交感神経の緊張は沈静化してゆきます。そうすると、身体の活性は、だんだん高まってゆきます。
全ての細胞は生命エネルギーによって生かされています。身体の活性が高まり元気になるということは、ミトコンドリアのエネルギー産生能力が高まるということです。ガン細胞も生命体として、他の細胞同様、ミトコンドリアの生み出す生命エネルギーによって、生きて、活動をしています。
生命エネルギーを照射して、身体の細胞が元気に成るとガン細胞も一緒に活性化して、増殖を始めます。ですから、身体が元気になり始めたときに、身体内のガン細胞も、大きくなっったり、転移をしたりします。

しかし、身体のメカニズムはこのまま、終わるわけではありません。「身体の目的は、生きることです。」これからが、大事なこと。交感神経の緊張が解けて来ると、それに連動して、身体の免疫細胞が、活性化してきます。当然、免疫細胞である「白血球」も活性を取り戻し、本来の仕事を再開します。白血球の仲間の共同作業により、ガン細胞は包囲され、消化、吸収の対象となり、ガン細胞は退縮を余儀なくされます。その時、免疫細胞である白血球を活性化するために体は何度か発熱をして、その、ミトコンドリアを活性化して、ガン細胞に対処します。そして、このガン細胞をやっつけるスピードは白血球の活性です。白血球の活性を高めるのは、先ず、腸管内臓系に生命エネルギーである気を沢山、与えて、交感神経の緊張を解くこと。これも、継続して、行い続ける事。そうすると、免疫細胞である、白血球が元気に活性化する準備が出来る。そして、白血球達にどんどん生命エネルギーである気を照射してゆくと、本来の仕事、本来の自己(体の自分)でないガン細胞達をやっつけてくれる。ということです。
そして、ガン細胞が体が元気になり始める頃、大きくなるのは身体の細胞と連動していることをご理解いただいたと思います。そして、ガン細胞が小さくなるのは、腸管内臓系が活性化して、それに、連動した白血球が元気になり、ガンを攻撃するのに時間差が生じるため、ややこしい、この様な、ことが起きる。とのことです。

そして、施術を実行しながら、約、一ヶ月が経った頃、投薬をするかどうかの、検査をしました。体は大部元気になって、施術で、いつも、普段は眠いため、家では、横になっていました。肩や胸の痛みが時々出ましたが、施術ですぐ、おさまってしまいます。あと、手足が、よく、冷たく感じる様のなったのも、この頃でした。 
この、冷たさは、どんな、意味があるのか?この頃、先生に聞いてみました。そうしたら、この様に答えていただきました。「手、足はエネルギーの出入り口です。足の冷たさは、主に、腰から来るもので、腰回りの(ストレス)マイナスエネルギーが足から、出て行く為、身体に蓄積されたストレスはプラスのエネルギーでないため冷たく感じたり、します。手に出てくる冷たさは、胸回り、に蓄積されたストレス(マイナスエネルギー)で、手を通じて、身体の外に、放出される時、冷たく感じます。」とのことでした。
あと、ガンの施術を開始して一週間位、経った頃。二回かなり高い熱が出て、大体、39度C近い熱がでました。これは、安保先生の本によると、身体内の細菌との闘いを有利に導く為の体全体のアクションではないか?と書かれていましたので、廣川先生に、うかがったところ、「口呼吸で食べたばい菌をやっつけているんじゃない?」といわれました。私は、医療にたずさわる、仕事をしているのに、教科書にないことだから、口からばい菌を体に取り入れる呼吸をしていた自分が恥ずかしくおもいました。
検査の結果は、やはり、「ガンは大きくなっていました。」私と母としては、「予定通り、大きくなった。」でしたが、「主人の家族はおおきくなってしまった。」とショックの様子、安保先生のの本を渡してもよんでくれません。投薬に対する方針を決めたとき「ガンはおおきくなる。」ことを、理解させておけばよかったのに!自分の事で、一杯で、主人の両親のことなんてわすれてしまっていました。でも、後手に廻ると、いろいろなことが、うまく行きません。結局、主人の両親に泣かれて、結局、私は「抗ガン剤の投薬はする。」ことになってしまいました。私と母は「今回のリンパガンの治療には手術、抗ガン剤、放射線の三大療法は交感神経の緊張を招くため、使いたくなかったのですが・・・。」これを読まれている皆さんも病気は、良いコンディションで闘ったほうがいいですよ。

もう一つ、ガンを対象にした施術を開始して、一ヶ月は、少しずつ体が元気になってゆく感じがしましたが、抗ガン剤の投薬を開始して、二回目の投薬が始まる頃、施術をしても、体が実感する事ができなくて、月に一度の抗ガン剤の投薬前のけんさのの頃、何故か?あせりの様なものが出てきました。先生は、「抗ガン剤自体が、細胞の活性をうばうまうものだから、身体の回復も、ゆっくりになるのは、しょうがないね。」と言われ、それもそうだ!と納得しました。

その間も施術は、隔日でリズミカルに続きました。体が抗ガン剤の投薬を受ける前日の施術時のこと、先生が「抗ガン剤は危ないと言いだされたのです。」投薬はするの決まっていたのにどうして?でも、理由は投薬時に解りました。抗ガン剤の投薬時に、二種類の投薬のうち、片方の薬が体に合わず、アレルギー反応を起こし、苦しく感じて、担当医に「苦しい」と伝えた時には、かなり、ぐったりしていました。抗ガン剤によるアレルギーでした。母にすぐに行動してもらい、すぐに、処置を担当医にしてもらいましたが、翌一日病院のベッド過ごすことになりました。施術のとき、廣川先生にこの事をお話すると、「やっぱり、一悶着あったか?!」と言われ、「私が訳の解らないことを言ったときは、要注意ですよ。と言って笑っていたのが印象的でした。

抗ガン剤の投薬、三回目の頃から、白血球のの数値がどんどん高くなって行きました。ワンクール6回の投薬でしたが、その後、どんどん増えて行き、6回が終わる頃には、10.000を超え、「一般の健康人よりいい数値ですね。」となぜか嬉しそうな担当医でしたが、変なの!白血球の再生と活性化は抗ガン剤はマイナスの働きこそすれ、プラスの働きはないのに!と滑稽な担当医の様子でした。この頃から施術のとき、気 生命エネルギーの感触を感じる身体部位とほとんど感じない身体部位のあることを、感じるようになっていました。

しかし、残念なことに、検査でいつも一緒だった、知り合いの女の子が、肝臓ガンが進み、面会謝絶になってしまったことを友人からの話で知りました。こんど合ったら、この廣川先生の気功療法のことを話そうと思っていたのに!そして、間もなく彼女は、他界してしまったと聞きました。悔やんでなりません。

そして、ワンクールの抗ガン剤の投薬を終えた頃には、血液検査やCTの検査、PETの検査全て、OKをいただき、それから、3ヶ月は週二回の施術を、そして、その2ヶ月後まで、週一度の施術と気球法を毎日、呼吸法はこの頃から、毎日の日課になっています。

母が、私のガンが発見された頃、廣川先生の「原因に根ざして対処すれば、ガンは治る病気」と言われたことが、いま、改めて思い浮かびますが、呼吸法 気功研究会の呼吸法 気功療法は、行動的なガンの原因から、それを是正し、身体に蓄積したストレス(マイナスエネルギー)を気 生命エネルギーよって細胞レベルから放出させ、本来の、健康な身体を取り戻すことのできる、メソッド(方法論)である事を実感させて、いただきました。「本当に、本当にありがとうございました。」生存率は10パーセントより少ないと言われた、再発の、リンパガンから、元気に回復してきました。今、生きている事が本当に、新鮮に感じています。もう一度、生まれ変わったつもりで毎日にむかって行きます。
気 廣川隆志 view and feeling >>  2009年 3 , 4月
あなたは あなたが食べ考えた結果だ。の巻(1)
なんだ、当たり前じゃないか!最近、ある本を読んでいたら、イギリスの有名な作家が、この様に言った。「あなたは、あなたが食べてきた、そのものの、ことだ。 You are what you eat.」続けて、「あなたとは、あなたが考えてきたそのもののことだ。You are what you think.」

先ず、「あなたは、あなたが食べてきた、そのもののことだ。」ついて、私達は食べ物を前にして、これは、これからの私の身体だ、という人は少ない、それより、食べたいから食べる。お腹がすいたからたべる。という人がほとんどだろう。私達の身体のメカニズムはその様に動く様に出来ている。これは、これからの私の身体だ、だから食べようと思うと人は、身体にフィジカルな、何かをする事を期待している人か、病気の自分の昨日までの身体の体質を大幅に変えなければならない人だろう。
あなたは あなたが食べ、 あなたが 考えた結果だ。(1)
私達は動物だ。だから植物の様に、自分で栄養をつくり、その栄養で、生きることは出来ない。私達は、私たちが食べたもの以外で、自分をつくることは、出来ないのだ。しかし、これが、ストレートに、現れないのが面白い。うどんを食べたら、身体の何処かが、うどんになるか?魚を食べたら身体の何処かが、魚になるか?そうはならないのだ。食べたものをどう活用するかは、身体のメカニズムによって、決まっている。食べる前から決まっているから、どう食べたらいいか?が学問になったり、文化になったりしている。食べた物の使い道は、食べる前から決まっている。なんだ、つまらない、と言う人が居ても良いように思う。たまには、牛を食べたら身体の何処かが牛になったり、足が4本になったりしたりすると・・・。しかし、わずか一世紀と少し前の日本人は、真面目にその様に、考えていたのだ。なにか、こちらの方が、ロマンがあって、少しとぼけていて、楽しい様な気がする。しかし、現在の日本に生まれ、育った人なら、初歩の栄養学の知識はみんな持っている。食べ物によって、別の動物になったり、足の数が増えたりしないことは、みんな、知っている。人間の身体は、自然につながって、生命活動を営んでいる。だから、食べた物は、動くための燃料になったり、身体をつくる材料になったり、身体に予備燃料として蓄積されたり、身体全体の動きを整える役割をしたりと、整然とした役割が、食べ物それぞれにある。その、食べ物とは、動物、植物、鉱物なのだ。この、動物、植物、鉱物は、自然の産物、自然とは、宇宙だ。この、自然や宇宙の法則に乗っ取って私達の身体は「生きる営み」を展開している。

食べた物は、腸管内臓系の協働により消化、吸収され、身体の様々な臓器や機関を巡り、エネルギーになったり、臓器や機関の一部になったり、脂肪として身体の部分に蓄積される。食べものは、やはり、あなたになるのだ。あなたの一部は新陳代謝の働きの早い、肝臓などの臓器は、約一ヶ月で、別の食べ物によって、別の細胞に、入れ替わってしまう。つまり、別のあなたが少しずつ、身体の中で、誕生するのだ。そして、今、現在、最も身体の細胞の再生に関して有力な説、「ヘイフリックの限界説」によると、身体の細胞レベルの入れ替わりは身体全体が入れ替わるのに2,3~5年かかり、その、細胞の再生は50回まで、つまり、あなたは、食べた物によって、別のあなたになるが、別のあなたが、別のあなたに入れ替わるのは50回までということだ。さらに、この、別のあなたへの入れ替わりは勝手に出来ないようになっている。これも自然の法則だ。私達は60兆の細胞によって身体がつくられている。その60兆の細胞で構成されている身体は、約、300種類の細胞によってつくられている。その、身体の300種の身体の細胞は20種類のアミノ酸から出来ている。さらに、その、20種類のアミノ酸は約、約、10万種類の身体を構成するタンパク質を、合成する。その、タンパク質が身体をつくる物質的骨格となって、細胞がつくられる。その細胞は染色体の一部であるDNA(デオキシリボ核酸)によって、形成される。そして、DNAは、A アデニン、 T チミン、C シトシン、G グアニンの4つ塩基(タンパク質)が合計30億個ならんで出来ている。こんな途方もない数のタンパク質が骨格になったり、様々な物質がその、タンパク質の骨格のサポートを受けることによって、細胞は構成され、思考とも言えるような活動をしているのだ。私達の身体の細胞は生命40億年の歴史のなかで様々な経験の蓄積を生きる知恵として、その知恵をDNAに書き込み、今日を生きているのだ。私達人間の身体は、あなたが食べたものに違いはないが、あなたが、食べたものそのものでないところが、面白い。

この、細胞達が、古くなって動きが悪くなりそうになると、次の世代の細胞達が誕生して、次の、別のあなたになるには、細胞の再生によって、入れ替わるように私達の身体はなっている。だから、細胞は細胞の世界の法則によって、入れ替わり(新陳代謝)をしてしか入れ替わることは出来ない。本当は、きっと、1回、1回、前回の入れ変わったあなたをこえた、素晴らしいあなたに、いきなり、なりたいでしょうが、残念ながら、それは出来ない。私達の細胞の再生の、最も素晴らしい再生の限度、つまり、最高の再生は、「限りなく親細胞に近い娘細胞(子細胞)の誕生」がベストなのだ。コピーが原稿を上廻らない様に、生命エネルギーの十分な、理想的な再生でもこれまでが限度で、限りなく近い、あなたが再生してくる。つまり、次に、入れ替わるのはあなたのコピーでしかない、下手に入れ替わり(細胞の再生)をすると汚いコピーの様に、シワやシミだらけの失敗作の細胞で構成された、あなたに、入れ替わってしまうのだ。つまり、失敗作のあなたが、誕生してしまう。それは、あなたに循環し、あなたが生み出す気 生命エネルギーによって決まってくる。この、生命エネルギーは身体のソフトウエアだ。この、膨大な細胞達を形成し、活動させることは、呼吸と、「あなたが食べた、そのもの」によって、姿、形を変えながら、あなたの細胞中のミトコンドリアの生み出す気 生命エネルギーによって行われているのだ。
気 廣川隆志 view and feeling >> 2009年 1, 2月
また、新しい年がやって来た。
今年の暮れは、ここ数年の様子からすると寒さが早い、ここ、麓から見る赤城山が、もう、冬色をしている。挨拶程度だが、雪も積もった。私の稽古場の近くにある黒松林は、ここ10年で元あった木々の半分以下に減ってしまっている。そんな、寂しくなった黒松林をからっ風が吹き抜けてゆく。この富士見村はほうれん草の全国ナンバーワンの産地だが、その、村の木、黒松は残念ながら虫の息だ。そんな中でも、今年も、本格的なからっ風、赤城おろしがやって来る。ここ富士見村にも、もうすぐ本格的な冬、到来だ。
アットいう間の1年、あなたの今年は?
去年もあっという間の1年でした。つきなみですが、昔から、「泣いても、笑っても1年は1年。」と言う。どうせ過ごすなら、笑って過ごしたいと思う。これは人情。しかし、同時に人生には試練や障害もセットされているようだ。そこで新年、多くの人達が、スタートから神社、仏閣にお願いに行く。初詣という習慣が私達にはある。そこで、手を合わす思いで諸祈願というお願いをする。お願いついでにお賽銭というお金をあげてくる。多いほど御利益があるそうだ。人間というのはなかなか難しい生き物だ。自分のやっていることが上手く行き順風満帆で良い結果が出ていると、これは自分がやったと思うことが少なくないようだ。そして、良い結果が出ず裏目が続くと、自分の都合を神仏に押しつけお願いをする。大きな神社、仏閣では、新年には200万、300万人とお願いが押し寄せてくる。神様や仏様は、さぞや迷惑なことだろう。無理難題を聞かされ、お賽銭で、きっと気晴らしでもするのだろう。

新しい年、やっぱり、間違いなく私達にあるのは「今、ここで生きている自分自身だ。」この、生きている自分自身が、今、まさに動き出そうとしている。人によって動き出し方も様々だ。「手を合わす思いで迎える年もあれば、そのまま、昨日の今日として迎える新年もある。」どんな過ごし方にしろ、時間はその人のものだ。新しい年、何に出会いたいか?新しいゾーンにいる自分。いつも自分を支えてくれるより多くの人達。新しい人生の景色を見ている自分。新しい人生や自己のテクニカルな進歩の感触。新しい自分をつき動かす情報。新しい全く自分を変えてしまう様な出会い。自己の今まで気の付かなかった能力。新しい感動、気分。新しい自分に必要な導き。様々な新しい経験と迷い。さらなる新しい自分を求める情熱。新しい旅立ち。新しい自己の局面でのきびしさ。新しい自分の居場所。自分を心から感動させる美しさ、歓び。成功もあれば失敗もある。・・・。
生きて行動していると、その人らしい、様々な景色が今年も待っていることだろう。それを整理するのに一生では長すぎるし、一ヶ月では短すぎる。一年と言うのは程よい長さの様だ。一年、一年の「その人らしさ」に気づければ、一歩前進だ。

「その人らしさ」つまり、言葉を換えれば「かけがえのない自分らしさ」を実感し、生きること。これは人生のテーマの一つである。このために人は悩み、試行錯誤を繰り返す。そして、多くは、言葉の世界をただよい、「~になったつもり」になる。言葉も大事だが、これでは、心身は、ただ、漂い続けるしかない。何故ならば、「生きる」という営みは先ず、生きた自分の身体があるということ。ここから全てが始まる。生きる事は先ず、フィジカル(身体的)なのだ。この、フィジカルに生きる身体からメンタル(精神的)な世界もスピリチュアル(霊的)な世界も始まる。今、生きている自分がなければ、その自分の存在する現場もない。つまり、世界もないことになる。生きた自己の身体と自然(宇宙)との交流、息(生き)が先ずあって人の生命は先ず全ての始まりである自己(体の自分)に点る。そして、その生きた身体の活動の一部として社会とのリンクした人間としての営みがある。「社会」での事象。これは人間の作った世界だ。だから、時々刻々と姿が変わるし、都合が悪ければ、消えたり、新たに作られたりもする。真実の世界ではなく、バーチャルリアリティの世界なのだ。このところの錯覚はなかなか感じ取りにくい。なぜなら、私達の「脳」は通常、覚醒している時は働き続けて行く様に出来ているし、大人達の既成概念が思考全体を覆ってしまっている。自分にとって有害な情報が入って来ても、身体の様に免疫力が働く訳でもない。大きく、ここのところの勘違いが始まると人はヘンテコになる。

私は小学校二年の頃、こんな事を経験しました。授業参観で確か、国語の時間だったと思います。私のお袋がその、参観に来てくれたので大変嬉しく、参観者のいる、後ろばかりを振り返っていました。授業が始まり、先生が質問をしました。元気よく沢山の人がハイハイ・・・。と手をあげましたので、私も負けずにハイ!と手を上げました。しかし、私は答えを知りません。カッコだけつけて手をあげたのです。そうしたら、先生が私を答える為に私を指名しました。私は、その答えを知らずにお袋を喜ばせる為に、手を上げたのです。指名されてしまいましたので、しょうがないから「解りません!。」と答えました。そして、振り返ってお袋の顔を見たら、恥ずかしさでいっぱい、真っ赤な顔をしていました。
我が国の首相もここ何人か似た様なことをしていますね。答えを出さずに登校拒否をおこす人、居直って、「あなた方とは違う・・・。」と言って勝手に辞める人、一生懸命フェイントばかり遣ってる人。私の様に子供の頃の話なら笑えますが、いい年をした、おじさん達では、笑えないし、可愛くもないですね。こんなところにも、ヘンテコが顔をのぞかせています。

あっという、短い間の人生、そのうちの大事な一年、ヘンテコにならず、より、「かけがえない自己を実感」して生きるには、どうするか?人間は弱いものだから、地位や名誉、肩書きを欲しがったり、それにすがり付きたくなるのかもしれません。そんな事よりもっと大事なことがあります。それは、オンリーワンの世界を作ること。ナンバーワンは既成の世界での番付のトップのこと。そうではなくて、「自分しかできないことをやり遂げること。」この辺に人間の存在の意味があるような気がする。私の師、西野皓三先生はこの様に言われる。「自分の世界や領域を拡げることは、世の中に認識されたいという自我にあります。しかし、地位や名誉、肩書きが無くなったとき、いかに人間らしい強さをもっているかで、その人は決まるのではないでしょうか?。」
人間らしい強さとは、言い得て妙な表現ですが、「優しさ」のこと。その人らしさ、つまり、その人の身体の細胞から出てくるパワーのことです。このパワー、気 生命エネルギーを高めるには、良い呼吸を習得することです。いい呼吸はミトコンドリアを活性化させ、細胞一つ一つを目覚めさせます。細胞と細胞の間のコミュニケーション、身体の臓器と臓器のコミュニケーション、さらに身体と臓器のコミュニケーション、身体と身体外部のコミュニケーションの能力を向上させます。つまり、自己と他者の壁が小さくなった身体が誕生します。優しさはメンタル(精神的)なものの様に思われますが実はその根底に身体的なルーツがあったのです。そして、生命エネルギーの高まった身体は快適な身体です。快適な身体からは意欲が生まれます。アットいう間の短い一年、私の今年のキーワードは「快適」「意欲的」「自分らしさ」の中での「かけがえのなさ」に包まれた、大いに「感じて、動く」自己。ということになりそうです。
気 廣川隆志 view and feeling >> 2008年 11,12月
慢性病なんか怖くない   
慢性病(生活習慣病)なんか怖くない。
怖いのは原因を知らないこと。
怖いのは正しい対処を知らないこと。
そして、正しい対処が、出来ないこと。
ここ、赤城山南麓の私の呼吸法 気功の稽古場、西峯の窪も秋がゆっくり深まりつつある。今は、いつも10月になると、落ち始める栗の実がまだ、落ちずに木の枝にあるものもある。そして、紅葉が、ゆっくり始まろうとしている。
わたしの稽古場は、もうすぐ市町村合併でなくなってしまう富士見村の木、黒松の松林とクヌギの雑木林に挟まれた林道にある。クヌギ林の方はそれなりに元気だが、黒松の林の方は時間の経過と共に立ち枯れる木が増え、約、半分はすでに枯れてしまった。そんな訳で、「今年の秋はいつもの秋より、ずっと寂しい様な気がする。」

先日、こんな相談を受けた。ある群馬県内大手の内科に約5年勤務をした看護師さんからの相談だった。自分が体調が良くないので検査を受けたら、大腸炎だと診断された。勤務した病院で、生活習慣病の元気な人が入院してきて2~3年で亡くなってしまうのを沢山、目にしてきた。そして、「大腸炎の薬として、一生、これを飲み続けなさいと言われた。」とのこと。これが、大変ショックで夜、眠れない日々を過ごしている、元気な人が・・・・と重なってしまい怖いと感じていると訴えていた。

この呼吸法 気功研究会では心身の無理ー交感神経の緊張ー悪い呼吸による免疫力の低下ー発病。のパターンに原因のある慢性病(生活習慣病)なら、一つ一つ原因を取り除く様、身体に対するケアをし、生命エネルギーの照射、あるいは、気 生命エネルギーの照射による、生命エネルギーの照射と呼吸法を併用して、生命エネルギーの循環を向上させ、自律神経にバランスを取り戻すことを実践した人は、免疫力が高まり、慢性病(生活習慣病)から回復しているということを説明した。


原因を知らなければ、対処のしようがない。 先ず、心身の無理はなかったか?                                          
先ず、怖いと思うのは、相手、病気を知らない事から発生する気持ちなのでこの病気の発生したプロセス(過程)をこの方と共に、振り返った。この方は、仕事の場面で「自分はいつも周りにいる人以上に頑張らないと気が済まないたちで、いつも疲れていたという。」そして、体調をくずし、仕事を辞めた。と仕事上の無理を振り返った。

慢性病(生活習慣病)の第一段階は心身の無理、その結果発生する慢性的な、交感神経の緊張。

ストレスをためると、自律神経のバランスが崩れ、交感神経(闘争あるいは逃走の神経と言われ心拍数をあげたり、呼吸を荒くする)が緊張の状態になる。過度の交感神経の緊張の持続は、身体を緊張させ、疲れやすく、溌剌とした身体の自然な動きをレベルダウンさせる。また、「悪い呼吸」口呼吸を招き、身体の免疫力を低下させる。そして、多くの場合、大きな心身のストレスが心身にかかることが

心身に過剰のストレスが溜まると、交感神経が緊張し身体は交感神経緊張モードに入ることになる。疲れやすく、睡眠が浅くなったりする。また、呼吸が浅くなるため、多くの人は悪い呼吸 口呼吸を始める。口呼吸は活動時に口を開け息を口から吸い込む事ばかりではない。夜、寝ているとき口を開けて呼吸している、イビキをかく等、幾つかのパターンがある。いずれのスタイルの口呼吸にしろ、口は呼吸器ではない。では、何故、口呼吸を「悪い呼吸」と名付けたか?それは身体内部にばい菌を取り込み、さらに、細胞内部にばい菌を取り込み、身体のエネルギー発電所ミトコンドリアの活動力を低下させ、私たち細胞の再生をする力をレベルダウンさせるからだ。口呼吸によって口から入ったばい菌は喉の扁桃リンパ輪から体内に侵入する。侵入したばい菌は扁桃リンパ輪内部に常住する。さらに、ここでつくられるリンパの中に住むことにもなる。そして、身体内部を循環する。これが、第一段階つまり、次があるのだ。

口呼吸の次の段階は、口呼吸がさらに激しくなると、血液を通じて循環するばい菌の影響により、細胞中のミトコンドリアの活動力は低下し、身体に低体温を起こさせる。低体温、冷え性だ。小腸内部の体温が36度Cに下がってくると小腸内部(腸壁の外、消化物のあるところ)から白血球がばい菌を取り込み、先ず、白血球自体がばい菌を細胞内に取り込んだ、ばい菌入り白血球となり、私達の免疫力を大幅にうばう。そして、この白血球が、血液循環を通じ、脳、神経系にもばい菌の影響のある細胞が誕生してくる。脳、神経系の慢性病(生活習慣病)はこの様なメカニズムで準備される。又、口呼吸により身体内部に白血球と共に侵入したばい菌は、細胞の再生、新陳代謝にも影響を与える。
動物細胞 と ミトコンドリア  
 
 
 
身体のエネルギー発電所 ミトコンドリアの役割は?
私達は気 生命エネルギーによって細胞を新陳代謝(再生)させて生きている。

私達、生命を持つ者、生命体の最大の特徴は、自らが古く成らない(老化)様に、細胞中のミトコンドリアの産生する気 生命エネルギーによって、様々の細胞を構成する要素となるタンパク質自らが新陳代謝を行い、新しくつくり替えてゆくということを行っています。この事を細胞の再生(リモデリング)あるいは、新陳代謝と言います。細胞の再生、リモデリングが上手な身体は、活動力があり、瑞々しく、魅力的で、若さがあります。そして、私達、生命体にとって何よりも大切なこと、「古くならずに、再生、リモデリングすること」なのです。私達、ヒト細胞の数は、約60兆個と言われています。そして、「その細胞の寿命は平均2年半から3年で、その再生回数は50回でそれ以上は再生しない」というカリフォルニア大学教授、レオナルド・ヘイフリック氏の「限界説」が有力とされています。つまり、私達、ヒト細胞は125~150年の寿命があるということです。この125年から150年という天寿を全うする人は稀ですが、存在します。今の日本社会では80歳という年齢は後期高齢者などという分類をされていますが、この年代の高齢者でも、私達の呼吸法 気功の稽古参加者は、Yさんを始め、多くの方が、若さの蘇り現象を経験しているのは、80歳という年齢は生命体として見た時、老年ではなく、少しだけ古めの中年だから、気 生命エネルギーが高まり、身体の細胞一つ一つの活性化によって、細胞本来の目的である古くならないこと、細胞の再生、「リモデリング」が実行されたということです。この、60兆の細胞の生まれ変わりの力は、残念ながら人によって様々です。それは、何が決定するのか?それは細胞レベルの生きる力、身体のエネルギー発電所、ミトコンドリアの生み出す気 生命エネルギーによって決定されます。この、細胞の再生はコピー機でコピーをすることに似ています。気 生命エネルギーの強く循環している人は新陳代謝(細胞の再生)の上手な人はきれいなコピーが出来、生命エネルギーの循環の弱い人はレンズが汚れていたり、曇っていたりした時のコピーのように汚れてしまったコピーができます。細胞の新陳代謝(再生)も生命エネルギーの循環のいい人は、同じ年齢でも若く、元気です。又、様々な原因によって、細胞の新陳代謝(再生)が身体や身体部位、臓器レベルで、生命エネルギーの循環がうまく行かなくなったのが、慢性病(生活習慣病)です。それでは、細胞の生まれ変わり、新陳代謝(再生)はどの様になされるのか?お話しましょう。

私達、人間が生きるという「営み」をするには、沢山の身体が生きる為のエネルギーが必要です。この「生きるという営み」をエネルギーレベルで支えるのが、身体のエネルギー発電所、ミトコンドリアの働きです。
ミトコンドリアは約、18億年前に、私達の祖先である「真核生物」の細胞中に同居することになった好気性のバクテリアです。この、好気性のバクテリアのおかげで細胞の新陳代謝の能力は、飛躍的に高まることになります。酸素の嫌いな嫌気性のバクテリアは生命エネルギーのレベルも低いため、新陳代謝の能力も低いことになります。そして、この好気性のバクテリアが細胞膜の中に入り、ミトコンドリアと共同生活する事に成った「真核生物」は強力な生命エネルギーに支えられた新陳代謝(リモデリング)の能力に支えられて、多細胞生物へと進化して行きます。この生命進化の原動力は、ミトコンドリアの生み出す気 生命エネルギーだったのです。

細胞の再生、新陳代謝をするから生きられる。

細胞が新陳代謝、再生(リモデリング)するためには栄養と呼吸が必要です。私達は呼吸をしながら、様々なものを食べたり、飲んだりして、体内に栄養と酸素を取り入れて、それを胃腸で消化、吸収して、糖、脂肪、タンパク質などに分解し、体内に蓄えます。この事を「同化作用」といいます。この「同化作用」にも大きな生命エネルギーを使いますが、この「同化作用」でもミトコンドリアは大活躍します。
そして、蓄えられた栄養を分解して、生命活動に必要なエネルギーとして使うことを、「異化作用」といいます。この、同化作用と異化作用両方の作用が新陳代謝、細胞の新旧交代、再生(リモデリング)です。
また、細胞レベルの消化というのは、腸から吸収された食べ物の消化、吸収だけを言うのではなく、身体外部から入ってきたばい菌や毒素、酒やたばこなどの有害物質などを解毒したり、同化、異化(分解)して消化してしまうことを言います。細胞を新しく作り替える為には、食べ物から吸収する栄養と、呼吸によって取り入れる酸素以外に体温を保持する温熱エネルギーなどを初めとしたエネルギーが必要になるのです。
私達生命体は生命エネルギーを巡らせ、細胞の外との物質のやりとり、物質交代をすることによって、生きています。この事で先ず自分自身の身体の構造をつくりだし、古くなったものを新しくしながら、これを維持して体の老化を克服し、運動などの活動を営んでいます。そしてもう一つ、生命エネルギーを巡らせながら、自らの個体を維持するだけでなく、自らと同じ形態の生命を再生産し、個体丸ごとの老化を克服します。この二つの営みを行っているのが生命なのです。生物と無生物の違いは、古くなった個体パーツや個体そのものを新しく、作り替えることが出来るかどうかということになります。この「作り替えること」こそが新陳代謝であり、リモデリンクなのです。そして、生命力の強さとは、リモデリング、新陳代謝力の強さなのです。

ミトコンドリアの生み出す気 生命エネルギーが不十分だと、細胞は老化してしまう。

ミトコンドリアが活発に活動、出来れば、ミトコンドリア内膜で産生するアデノシン三リン酸が細胞に十分供給され、産生される気 生命エネルギーによって細胞の新陳代謝、再生(リモデリング)は上手くいく。しかし、ミトコンドリアの活動の不十分な細胞の新陳代謝、再生(リモデリング)は気 生命エネルギーは枯渇状態となり、細胞は老化し、細胞のパーツや細胞丸ごとが生命維持に様々な支障が出てくることになる。 
ミトコンドリアはそれぞれの細胞の中では、半ば自立的に分裂、増殖を続けている。白血球のように神経支配を受けながら増減している訳ではない。
そして、食物として取り入れた糖や脂肪、タンパク質などの栄養素やビタミン、ミネラル、呼吸によって取り込んだ酸素、酵素や補酵素などが加わって、300種類あると言われている私達の全身の細胞が必要としているエネルギー物質であるATP(アデノシン三リン酸)を産生しつつ、気 生命エネルギーをつくり出している。さらにミトコンドリアは新陳代謝、再生(リモデリング)の主役として、身体全体の体温を一定に保ち、新陳代謝を行い、細胞内の同化、異化、運動の調節、老廃物の排出や老化を予防する働きなどをして私達の「生きる営み」に必要な全ての生命エネルギーを生み出している。

ミトコンドリアが元気だと免疫力が高まる。ミトコンドリアが元気になる生き方を身につける。

呼吸は口ではなく鼻でする。

免疫力を高め、健康な生活を送るには身体にいらない、無理な負担を掛けないことが必要です。そのうちの無意識で多くの人がやってしまっている行動のひとつが、悪い呼吸「口呼吸」です。そして、日常のどんな時にも、悪い呼吸「口呼吸」を止め、正しい呼吸、鼻でする呼吸をすることです。
そもそも、ほ乳類のうちで、口呼吸の出来るのは1歳以上の人間だけで、他のほ乳類は口では呼吸はしません。口で呼吸をし、呼吸器である鼻で呼吸をしなくなるのは人間だけです。私達の体で空気中に漂うホコリやばい菌から人体を守る機能は鼻にある、浄化、加湿機能だけです。口にはこの機能がないので、空気を取り込む気道として、口を使ってはいけないのです。鼻の穴の億にある鼻粘膜には細かい絨毛がビッシリと絨毯の様に生えていて、そこから常に粘液を出していて、外界から入ってくる異物を排除しています。
無防備な口からの呼吸は、身体にどの様な変化をもたらすのか?考えてみよう。先ず、口から息を吸うと一緒に空気中にあるばい菌、バクテリアも吸い込んでしまう。そして、その空気とばい菌、バクテリアは喉に到達し、扁桃腺(扁桃リンパ輪)に侵入する。口呼吸が常習となると、扁桃腺にばい菌、バクテリアが住み着いてしまう。扁桃腺が腫れたりするのも、このメカニズムからだ。扁桃腺は様々な役割があるが、その一つに白血球をつくることがある。この、扁桃腺にばい菌や、バクテリアが住み着くと、そこでつくられる白血球の中に、ばい菌やバクテリアが住み着いてしまう。そして、それらは、リンパ管を通じて体内を血流と合流し、巡ることになる。そして、体を中側からばい菌で汚染させてしまう。ミトコンドリアは細胞液がばい菌で汚染されると、パワーダウンしてしまいます。

休養や睡眠、無理をしない生活は新陳代謝力、(細胞の再生力)にとって大切。

糖尿病、や高血圧症、などの慢性病(生活習慣病)は日本が先進国の仲間入りしてから急増したと言われています。それは、従来の製造業や農業での、肉体労働中心の社会では、肉体疲労が中心であったのに対して、サービス業の比率が高まり、疲労の中心がより、メンタルな内容に変化していったことによると思われる。その中で「しゃべる」という行動は交感神経の過緊張と口呼吸をもたらし、食生活の急変や働き過ぎなどの人間本来の生活からしたら、不自然な生活習慣により、全身の細胞で異常が起きている為です。
何故、働き過ぎが良くないかと言うと、長時間、重力に逆らった姿勢を続け、大きなエネルギー消費をすることで、ミトコンドリアの働きが阻害されるからです。さらに睡眠不足やストレスというミトコンドリアにとって最も良くない生活習慣に繋がるからです。
ストレスとは、感情や精神に対して、抑圧を強いる全てのエネルギーの総称です。心身にダメージをあたえるストレス(マイナスエネルギー)が、ミトコンドリアに作用して、新陳代謝力(細胞の再生力)を妨げてしまうことが病気の大きな原因なのです。
様々なストレスから心身を守り、新陳代謝力(細胞の再生力)を回復させるには、睡眠が一番なのです。
もう一つ睡眠には大事な役割があります。永い間、脳生理学の世界では、「人間は何故、眠るのか?睡眠は何故必要か?」という議論がなされて来ました。これもライフサイエンスの発展により、答えが出つつあるように思います。それは、私達が眠るというのは、大脳皮質の神経細胞(ニューロン)にあるミトコンドリアが自分自身の分裂、増殖の代謝の為に、エネルギーを使っているプロセスだということが解ったとの事。睡眠は私達、人間の心身ともに大事な骨休めと、脳の新陳代謝、再生(リモデリング)の時間だったのです。

身体は冷やさず、暖かい状態で生活する。

ミトコンドリアを活性化するには、栄養と呼吸、眠りと骨休めと共に、大事なことに保温と保温による腸内環境の整備が必要です。それは、私達、脊椎動物は身体をリニューアルさせ老化しない様、新陳代謝、細胞の再生(リモデリング)を行ってはじめて、(生きるという営み)が可能になります。そして、その、「生きる営み」の全てを支える気 生命エネルギーを腸が生み出しています。そして、小腸の中には、大脳の中の様に神経細胞であるニューロンが沢山、張り巡らされています。私達の身体にある細胞は300種類くらいありますが、腸ニューロンの細胞はそのうちでも、細胞一つあたり、のミトコンドリアの数の大変、多い細胞として知られています。
又、個体まるごとのつくり換えである新陳代謝、再生(リモデリング)は生殖ですが、その、生殖細胞は腸でつくられて腸から排出されます。つまり、高等な多細胞生物である私達にとって、腸は最も大切な機関と言うことが出来ます。
又、人間の免疫機能の約、60パーセントが腸管に集まっていて、それらは腸関連リンパ組織(GAlt)と呼ばれています。人間の成体の免疫システムとは、私達の身体の約60兆に及ぶ細胞群の細胞呼吸のシステムのことを言いますが、腸がその全ての窓口になっていて、血液が腸から吸収した栄養や酸素、毒物から細菌、ウイルスまでをも含めて、全てを、身体の60兆に上る細胞群に腸から配送しているのです。これらの活動の主体となるミトコンドリアは細胞内小器官と呼ばれますが、小さなバクテリアの仲間でもあります。この、私達の、生きた身体を支える小さな仲間は生きるコンディションに敏感です。特に温度については37度が最適で36度になると1度、温度が下がるだけで、活動力が約2分の1に成ってしまう為、生み出される気 生命エネルギーもその様に減少してしまいます。身体、特に腸は冷やしてはいけません。そして、これらの膨大な作業を支えているのが身体のエネルギー発電所と言われるミトコンドリアなのです。 
気 廣川隆志 view and feeling >> 2008年 9 ,10 月
今年もトンボがやってきた!?
赤城山南麓の西峯の窪と云われる、私の呼吸法 気功のアウトドアの稽古場に、今年もトンボがやってきた。今年は秋が早いせいか、トンボ達の数が多い。しかし、よく見ると、この時期までに例年このあたりで必ず目撃していた、イトトンボ、オニヤンマ、ギンヤンマが居ない。居るのは、ナツアカネとシオカラトンボのペアの2種類だけだ。イトトンボは6月頃から、いつも出会っていた。オニヤンマは8月頃から、窪の真ん中にある田んぼを我がもの顔にペアで飛んでいた。ギンヤンマはオニヤンマに遠慮するように、すぐ、脇の少し日陰になるあたりを飛んでいた。ここで、呼吸法 気功の稽古をする様になって14年になるが、この時期に彼らに出会えなかったのは今年がはじめてだ。あたりまえの景色に融け込んでいた、彼らの存在が今はない。何の言葉も発せず、静かに姿を消した彼らが、なんだか、あわれで、寂しく、残念だ。この西峯の窪のトンボ達の世界にも、環境破壊によるサバイバルが、始まった様だ。健闘を祈りたい。又、彼らの生育環境が少しでも悪くならない様、人間たちにお願いしたい。
こんな景色を眺めながら、私の稽古場、西峯の窪の秋は始まった。
スポーツのジュニア化と「悪い呼吸」、口呼吸
一方、この8月にはオリンピックがあった。今回のオリンピックは前回のオリンピックに比べ、私の目には、メダル周辺の、トップ選手たちの「老化のスピードの速さ」が大変目立った。前回には勝てたが、まだ、年齢もさほどいっていないのに、もう勝てない。と言う現象だ。それも、20代前半で起きている。つまり、「種目のジュニア化」だ。若い選手の活躍が悪いと言っているのではない。選手生命が短すぎるのが、勿体ないと言っているのだ。

何故か? 一言で言えば、選手たちが、かなりの割合で「悪い呼吸」の常習者だからだ。何大会連続というメダリスト達は、やはり、それなりにしっかりした呼吸をしている。人間の呼吸は鼻でするものだ。口でする呼吸は「悪い呼吸」口呼吸だ。こんな基本的なことが出来て居ないので、競技のスキルは世界のトップクラスに居ながら、その、競技を支える自己の身体を生かし、再生(リモデリング)し続ける為の、スキルが「下手くそ」だから、自己の身体を再生(リモデリング)する力が低下して、怪我や故障の常習者となってしまう。これでは、そのスポーツ種目周辺の様々な練習やトレーニングを生かすことができないばかりでなく、選手生命を短いものにしてしまう。
では、その問題の「悪い呼吸」口呼吸のメカニズムについて簡単に述べる。先ず、口呼吸とは、「息を口から吸い込んでしまう呼吸」のこと。鼻は呼吸器であり、口はものを食べる様に出来ている。口から、息を吸い込んで呼吸する動物は、人間以外、居ない。犬が口を開けてハーハーとしているのは、息を吐いてるだけだ。しかし、私達、人間は口から簡単に息が吸える。それは、私達、人間の特徴である、言葉の獲得によるものだと言われている。そして、この、口から息を吸うということは、どういうことか?呼吸器である鼻は、外から空気を取り入れる為、鼻毛を初めとする一連のフィルターが付いている。一方、消化器の一部である口は外から、空気と共に侵入してくる細菌に対しては、まったく、無防備だ。
この、口から息を吸い続けると、私達の身体はどんな影響を受けるのだろうか?

では、この「ジュニア化」してしまう競技スポーツの世界について、述べてみたい。先ず、競技中は、口で呼吸をしなければならない種目も沢山あるが、これは、いたしかたないこと。ここでは、練習やトレーニング時、以外のことを問題にしたい。
先ず、一番問題なのは、一部の指導者を除いて、多くのスポーツ指導者が「悪い呼吸」である口呼吸を身体に悪いということを知らないということだ。この事は選手達にとっても大変、不幸なことだ。

無防備な口からの呼吸は、身体にどの様な変化をもたらすのか?考えてみよう。先ず、口から息を吸うと一緒に空気中にあるばい菌、バクテリアも吸い込んでしまう。そして、その空気とばい菌、バクテリアは喉に到達し、扁桃腺(扁桃リンパ輪)に侵入する。口呼吸が常習となると、扁桃腺にばい菌、バクテリアが住み着いてしまう。扁桃腺が腫れたりするのも、このメカニズムからだ。扁桃腺は様々な役割があるが、その一つに白血球をつくることがある。この、扁桃腺にばい菌や、バクテリアが住み着くと、そこでつくられる白血球の中に、ばい菌やバクテリアが住み着いてしまう。そして、それらは、リンパ管を通じて体内を血流と合流し、巡ることになる。

口呼吸が激しくなるのには、訳がある、身体には二つの神経系がある。中枢神経(脳、脊髄)と勝手に動く神経、自律神経だ。この、自律神経は、交感神経(活性化すると感覚器官が緊張する。)と副交感神経(消化、吸収、の神経と言われ活性化すると身体がリラックスする)の2つの動きによってバランスを取っているが、この、交感神経の緊張状態(身体にストレスがかかる)になると、呼吸は浅くなってしまう。浅くなった呼吸は酸素の供給が少ない為、私達、本来の鼻からの呼吸を忘れ、口からの呼吸をしてしまう。先ず、口呼吸の始まりは、寝ているときの口呼吸や鼾(イビキ)から「悪い呼吸」口呼吸はスタートすることが多い。

そして、常習化した、口呼吸は自己を守る免疫という、身体にとって大切な仕事をする力のない、ばい菌が住んでいる白血球を大量に生み出してしまう。そして、この、力のない免疫細胞である白血球は身体の中をリンパから血流に乗り身体の中を循環する。「悪い呼吸」口呼吸の初期の姿である。このレベルの自覚症状はほとんどなく、睡眠の充足感が少なくなり、寝足りなさを感じたり、怪我や病気の治りが遅くなる程度であろう。しかし、このことは、細胞の活性を大幅に奪う。

さらに、「悪い呼吸」、口呼吸の段階が進むと、一日中,口を開けてしまう、目で見える「悪い呼吸」、口呼吸が登場する。この段階になると、唇の形が変形を始める。どの様に変形するか?というと下唇が外側に膨らむ様になる。さらに進むと鱈子唇(タラコクチビル)や上唇が上に拡がり、下唇が下に拡がる上下の歯が見えたままになったり、出っ歯になったり、歯列の変形を起こしたり様々な口周りの変形を招く。こうなって来ると、身体への影響も若さがカバーしてくれて(細胞中のミトコンドリアの活性が高いため)、本人は気付かないが、時間の問題で自覚症状が出て来る。身体内部への影響もさらに強くなる。身体内部では、循環するばい菌に汚染された白血球の影響が細胞レベルで出てくる。小腸の温度が1度下がると血液中を循環する白血球が、小腸の外側(体の外側)から、小腸内部の細菌を取り込んでしまう。ここまで来ると、身体の変化も速くなる。小腸から、ばい菌を取り込んだ白血球は身体の細胞内にばい菌を手放し、細胞内ではミトコンドリアがばい菌の影響を受け、 気 生命エネルギーの産生能力が低下する。どんな影響か?ばい菌は毒素を持っているからばい菌なのだ。ばい菌の毒素にミトコンドリアが影響される。さらに、ばい菌を取り込んだ白血球は様々な臓器、さらに、身体内部の脳、神経系にもその影響を運んで行く。これは、身体の慢性病(生活習慣病)準備のワンシーンでもある。さらに、これに、心身からのストレスがそのストレスを担当する臓器に現れると、その臓器の能力は低下し、病変して行く。選手達は身体の若さがあるので、進行スピードは比較的ゆっくりだ。しかし、「悪い呼吸」口呼吸の影響は身体内部で着実に拡がって行く。

その影響は、選手達の競技自体の動きをパワーダウンさせる。競技やトレーニングの疲労回復に時間がかかる。怪我、故障が増える、そして、その回復に時間がかかる様になる。一言で言えば身体の老化現象が急速に現れてくるということである。選手生命が短いと、スポーツ種目の幅、奥行きが出てこない。スポーツのジュニア化はスポーツのスキルをはじめ様々な観点からのスポーツの種目の伝承という、未来に向けての循環をスケールの小さなものにしてしまう。これは大変、残念なことだ。もっと、感じて、動ける身体を創り、沢山の種目を極めた選手たちの躍動を期待したい。

免疫学者、安保徹先生によると、交感神経の緊張状態が続くと、白血球が身体内で増加する現象(顆粒球増多)がみられ、この、顆粒球の増多は、さらに、交感神経の緊張をさせる。という片方行ではなく、両方向の関係があるとのこと。つまり、交感神経の緊張により、呼吸が浅くなり、「悪い呼吸」口呼吸が登場すると、身体の中では、白血球のうちの顆粒球が大幅に数を増やす。そして、この大幅に数の増えた顆粒球が、交感神経の緊張を身体に向かって指示をする様になるとの事。つまり、呼吸の悪循環である。
いったん、「悪い呼吸」、口呼吸のを始めると、身体内部の免疫細胞である白血球のうちの顆粒球が、数を増し、数を増した顆粒球は交感神経に向かって緊張状態になるよう指示をするというのだ。だから、交感神経の緊張が原因の「悪い呼吸}、口呼吸は、いったん、始めてしまうと、止めるのが大変な人が少なくないが、現象的に現れている、口呼吸だけでなく、浅い呼吸が原因である、浅い呼吸を止めるには、交感神経の緊張を解くこと、つまり、心身のストレスの解消が対策になる。この、「交感神経緊張」の身体は残念ながら、病気モードの身体なのだ。

そもそも、身体が安定して、効率の良い働きをするには、副交感神経が活性化した身体をつくることが大切だ。副交感神経が活性化した身体とは、身体の動きアウトプットを支える能力の向上。つまり、沢山食べ、消化吸収がいい。睡眠が深い、練習やトレーニングの疲労回復が速く、いつも意欲的だ。怪我、故障が少なく、故障しても回復が早い、等、副交感神経の活性化した身体をつくることだ。言葉を換えると、「深い呼吸の出来る身体」を実現すること。競技スポーツは健康によくないのは当たり前、と言われた時代もあった、しかし、自己を繰り返し傷つけてしまう様な方法論に未来はない。「真に種目の覇者となり続ける、本当の欲を持つなら」自己にもっとエネルギーを与えることだ。エネルギーとは 気 生命エネルギーのこと、人間の呼吸は残念ながら、同一レベルではありません。「呼吸は自己を傷つけながらやっと命をつなぐ呼吸から、自己を発揮する呼吸、さらに、自己の潜在能力を発揮して生きる呼吸まで様々です。」せめて、自己を、発揮して生きたいものだ。そして、潜在的な自己を発揮することが出来れば、人生はもっと楽しくなる。60兆ある、自己の細胞一つ一つに気 生命エネルギーさらに大きく循環させ、「生きる営み」をスケールアップするには呼吸を変えることが必要です。生きることはフィジカルな営み、そして、それを支える呼吸は呼吸法 気功により、学び、習得するべきものなのです 。
気 廣川隆志 view and feeling >> 2008年 7,8月
自己を更新出来る楽しさ   
ここ赤城山南麓も梅雨入りしてからもう十日近くが過ぎようとしている。今年の梅雨入りは、雨の日は少ないが雲に覆われた日が目立つ。雲に覆われると、このあたりは何も見えない霧の中となってしまう。こんな様子の中で今年の7月をここでは迎えようとしている。
呼吸法 気功の稽古を続けていると様々な場面で自己の人生の景色(View ビュー)の変化を感じることがある。今年に入って、そんな景色の変化を実感した、新たな私の景色を紹介したい。

お袋の入院、そして、楽しい病室

こんなことがあった。今年の2月だった。お袋が救急車に運ばれ、入院したと親父から連絡があった。突然、ろれつが廻らなくなり、足腰が立たなくなったとのこと。入院の病名と様子を聞くと、膀胱炎で全治2週間だという、膀胱炎でろれつが廻らなくなったり、足腰が立たなくなったりするするのだろうか?不思議な診断をする病院だと思いつつ、翌日から、車で約1時間の緑市のお世話になっている病院へ何回か通うことになる。一回目の時、看護師をしている弟と久々出会った。早速、お袋の病気について、聞いてみると、「年寄りはいろんなところが痛んでいるので、時間の関係上、ほとんどの場合、正確な把握ができない」とのこと。そんなもんかと変な了解をしつつお袋に会った。 お袋の入院している病室に入ると一番奥右側のベッドにお袋がチューブに繋がれて横たわっていた。そして、親父が落ち着かない表情でその脇に座っていた。親父にとっても初めてのお袋の入院だ。土色の表情、とただ上を向いている体、が印象的だった。

第一回目
私の目的はお袋がすぐ退院出来る体になってくれる様、気 生命エネルギーを送って退院を即すことだ。早速、お袋と話をしながら、お袋の身体の気 生命エネルギーの循環を即すポイントに気 生命エネルギーを送る、約1時間が過ぎる頃、血色もよくなり、身体の感覚も戻りつつある状態になり、私は、仕事の呼吸法 気功教室為、稽古場に向かう。

第二回目
翌日、同じ病室のお袋のところに到着する。昨日まで、チューブに繋がれ、ただ上を向いていただけのお袋だったが、なにやら、「体を動かさないと、体によくないと言いだし、看護師さんに散歩をしてもいいか?と質問をしていた。」もう、顔色もよく、ほとんど、自由に動ける状態になっていた様だ。おととい入院してきたばかりなので、思うような返事がもらえず、いらだっていた。お袋の身体の必要なポイントに気 生命」エネルギーを約1時間送って呼吸法 気功教室に向かう。

第三回目
翌日、病室に到着するとお袋が盛んに「散歩をしたいが二人の看護師さんの意見が違うので先生に聞いてくれ」と看護師さんに訴えていた。そして、担当医のOKがでると、15分くらいの院内の散歩にチューブを外して勝手に出掛けてしまう。この日も必要な身体のポイントに気 生命エネルギーを約1時間、送って帰る。身体の様子は入院前の様子に近ずいていた。

第4回目
この日は、お袋がベッドに居ない。少しベッドのところで待っていると、同室の方から、「散歩に行ったようですよ」と言われ、5分ほどするとお袋が戻ってくる。表情も軟らかくなり、体も良い感じだという、退院の日も決まり、週明けになったら退院出来るとのこと、大事をとって7日間で退院出来ることが決まり、大変、嬉しそうだ。気丈な親父も安心したらしく、少し疲れが出ていた様子だった。

そして、これからが痛快だった。この日もお袋にいつもの様に気 生命エネルギーを送る。そして、お袋に気を送っていると、同じ病室の出入り口の右側のベッドに居るSさんが声をかけてきた。私がお袋に気 生命エネルギーを送っている時にしている注意やら、話を聞いていた、「口で呼吸をしないように、口呼吸は口からばい菌が身体に入るからやめること。くよくよしないこと、良い呼吸をして、良い気分の快適な身体をつくること。それには全身呼吸をベッドの中でも沢山実行する事。などなど。」こんな事が聞こえていたとのこと。そして、なにも言わずに何かをジートしている様子だが、何をしているのか?理解できないが、大変、興味があったとのこと。そして、それはなんだ?と声を掛けてきた。
Sさんは70代の女性で、気管と気管支を患い入院していて、苦しくて、胸を張れないので起きているときは、ベッド板を渡してその上に体をあずけるようにして座っている。時間が仕事の都合であまりとれないが、やってあげると言ったら大変、嬉しそうな表情になった。

Sさんに必要な身体の生命エネルギーのポイントを三カ所にしぼり気をおくる。送りながらSさんは私とお袋の話を理解しようとして、聞いていたという。決して理解するのに難しくないが、「自分が一生懸命生きて来て、いつの間にか忘れてしまったことが、やっぱり、大事だったと感じたという。」謙虚な方だ。こんな話をしているうちに時間が迫って来た。Sさんの患部に気 生命エネルギーを送る。そうするとSさんの胸部がしっかりと拡がって行く。今までしていた前屈みの姿勢を取ると苦しく感じるという。そして、ベッドに渡していた板を外し、横たわった。そして、「なんとも言えない安心感を感じている」と言っていた。

お袋の残りのポイントに気を送ろうとして立ち上がると、今度はSさんの左側のベッドの、寝たきりで何も言わない80代位の女性と目が合ってしまった。ニヤーっと目で語ってている。視線をずらそうとすると、さらに目で語ってくる。私が「やってほしいんだ?}と言うとさらに目を輝かせた。今日は仕事の都合で時間が十分取れないがいいか?と丹田に5分ほど気 生命エネルギーをこのおばあちゃんに送る。気持ち良さそうないい表情になったところで時間切れ。

そして、やっとお袋のところへ。大分、前橋での呼吸法 教室の移動時間に余裕がなくなったな。などと思いながら、お袋に気を送っていると、またまた、楽しい光景が飛び込んで来る。先ほど気を送っていた80代と思われる、しゃべらないおばあちゃんの身体の動きが、大幅に変わってしまったのだ。このおばあちゃんトイレに行くとき(おそらく大便)のときは看護師さんが二人して抱えるようにして車イスに移動してトイレに行っていたのに、一人でトイレに行って、帰って来たのだ。これには私も目を疑ってしまったが、とっても楽しい気分になった。お袋はどんどん元気になるし、Sさんの体は前屈みから伸び伸びとベッドに横たわるし、さっきまで寝たきりのはずのおばあちゃんは、自分で歩いてトイレに行ってしまうし、なんとも滑稽でさらに、楽しい気分を味わえたひとときでした。そして、お袋が月曜日夕方まで居たら又来るね。とこの三人に約束をして呼吸法 気功教室へ。親父とお袋は大変良い気分で、この病室での残りの時間を過ごしたとのこと。以上、私の生きる景色の最近の様子だ。

この病室での三人の動きの変化には担当の看護師さん達も少々途惑われた様に思う、しかし、現実は常識を越えて進んで行く。また、進んで行かなくてはならない。何故ならば、私達、人間は生命エネルギーで生きている事は現代科学も捉える時代になった。そして、私の身体の直感で捉えている、身体のエネルギー系の老廃物についても、一部ではあるが捉えられつつある。これらについては、実践的な答えが今現在、求められている。身体のエネルギー系の老廃物、それは、我々の慢性病を解決するキーワードであるからだ。
気 廣川隆志 view and feeling >> 2008年  5,6月自然の循環 そして運航 2
私の住む、赤城山南麓の標高400mラインのこのあたりでは、桜は4月20日頃が、例年の満開の時期だが、今年は4,5日早かった様だ。そして、今は菜の花が真っ盛り、5月を迎える今頃は、標高700m位に桜前線は上昇し、5月末には標高1300mの大沼湖畔では、高山特有の春が夏と一緒にやって来て、桜、梅、ツツジが同時に開花する。私は3月から梅を、秋間や箕郷の梅林や前橋、高崎で見、そして、5月の終わり、に赤城山頂の大沼湖畔での稽古で桜や梅を目にするまでの3ヶ月の間、春の花と共に過ごす。なんと幸せなことだ。このページを御覧の皆様はどの様な春をお迎えになりましたか?                生命が躍動する春、やはり、私はこの時期が好きだ。アウトドアでの稽古の好きな私は、冬の寒さの中での稽古より、体の芯から伸び伸び出来る春がいい。そして、何となく寂しさを感じさせながら花咲く梅よりは、花を全身、全霊で華やかに咲かす、桜が好きだ。どうせ咲くなら華やかな方がいい。
物事には始まりがある。本当か?始まりの前には何もなかったのか?なんだか怪しい。そんな怪しさを見つめてみたい。


私達は、生きて、生活している。生きるという営みは、自然と連動している。自然とは私達の触れる事の出来る「宇宙」の事。
生活という営みは「社会」と連動している。つまり、社会は、私達、人間が作った「つくりごと」の世界だ。こちらの方は人間が自分の都合で作っていくところ。変える事も出来、結構、危ないことも沢山ある。「宇宙」から見たら、スケールの小さなバーチャルリアリティーの世界といったところだ。このバーチャルリアリチーの世界で物事の始まりを求めると混乱するので、スケールのずっと大きな「大宇宙」の始まりについて現代科学の見方を紹介したい。


「宇宙」の始まりは、永い間、神話や宗教のテーマだった。そして、その内容は、しばらくの間、本当っぽいうそっぱちでよかったが、それを許さない勇者たちによって、少しずつ訂正を余儀なくされることになる。特に20世紀科学は、この「うそっぱち」を許さない事実を積み上げた。そして、この「大宇宙」の始まりを私達が議論出来るようになるきっかけをつくったのがアルベルト・アインシュタインだった。彼は17世紀に成立した絶対的真理と考えられていたニュートン力学の、あちこちに目立ってきた綻びを修正した。アインシュタインはニュートンの万有引力の法則を修正し星とか銀河などの一つ一つにとらわれないで、さらに空間と時間を含む宇宙の新しい方程式を作り上げた。「一般相対性理論」である。この事により、宇宙全体の成り立ちや、歴史が議論できる様になり、現代の宇宙論がスタートすることになる。

その、アインシュタインの考え方には2つあった。

1)宇宙全体は一様で、等方向的である。
2)宇宙の大きさは、時間に無関係で一定。
そして、神様が創った宇宙は「じっと制止した永遠のものであるべきだ。」と考えた。
ところが、アインシュタインから一般相対性理論の方程式を受け取ったウィルヘルム・ド・ジッターはこの方程式で様々な計算をしているうち、「宇宙が膨張している」ことに気付く、それは、宇宙がある時点から突然始まったことをほのめかすものだった。アインシュタインは当初、このことを認めず、この方程式にラムダという項を入れることで自分の考えを通そうとする。しかし、宇宙が膨張している事実を指し示す幾つかの事件がさらに追い打ちをかけ。自らの考えを訂正することになる。
1)E・ハップル 
   銀河を高性能な望遠鏡で観察、遠ざかる光は赤く見える。性質で近い銀河の星はゆっくりと、遠い銀河の星は速く後退している事を発見。「宇宙の膨張」を発見。
膨張している星たちの軌跡を逆に捉えていくと、一点に宇宙が集約されることを発見。そして、この時間を計算すれば宇宙誕生の時期がわかる事になる。

2)アメリカのベル研究所の2人の研究者が宇宙のあらゆる方向からやって来る電波(マイクロ波3k)を発見。宇宙論の研究者達には「膨張する宇宙」が、かつて高温のプラズマに満ち満ちていた頃の光が今、届いたことを理解。
ガモフのビッグバン理論。宇宙は非常に熱い火の玉からはじまり、その後、膨張により、冷たくなってきているというモデルを証明。

これらのこと(イ)アインシュタインの「相対性理論」(ロ)ハップルの「膨張宇宙の発見}ベル研究所の二人の研究者の「宇宙背景輻射の発見」。この一つの理論と二つの発見をベースに「ビッグバン宇宙論」は現代の標準的宇宙論の位置を占める事になった。         

その現代宇宙論の宇宙の始まりについての見解はこうである。

宇宙には始まりがあり、その時間は約170億年前である。
そして、誕生した瞬間の宇宙は、1センチの10のマイナス33乗の大きさだったということが、様々な事実と計算によって導き出された現代という時代の定説だ。


宇宙が誕生して10億年くらいたった時期に、初期の銀河と思われる活動が見つかっている。約46億年前、私達の銀河系の片隅に小さな星”太陽”が誕生し、やがて、この星のまわりには数々の子供の星たちが誕生し、その中に”私達の星地球”も太陽の子供の星の一つとして誕生した。太陽系の誕生だ。この始まりは私達、地球に住む生命体にとって、エネルギーも含めた生態系の始まりでもある。

そして、舞台は私達の星、地球へ移る。太陽系が始まったその約6億年後、地球の海の深いところで地球で初めての限りなく頼りない単細胞の生命体が誕生する。この生命体は酸素の嫌いな嫌気性のバクテリアだった。酸素が嫌いではエネルギー効率が悪い、ただ海水中をただよっているだけだ。約40億年前のことだ。この、単細胞の生命体は私達の直接の祖先であるかどうかはわかっていない。やがて、この限りなく頼りない単細胞の生命体は自らの細胞のなかにミトコンドリアという好気性のバクテリアを取り込み、強力な生命エネルギー代謝を持った単細胞生物に変貌していく。このミトコンドリアとの出会いは生命進化にとって決定的な進歩をもたらした。約18億年前のことである。この時点で私達の細胞の原型が誕生する。そして、地球環境も生命体にとって良い環境になり、この、好気性のバクテリアを細胞内に取り込んだ単細胞の生物達の一部は多細胞の生物へと進化していく。多細胞の生物への進化をするということはその生物を構成する細胞一つ一つが勝手に動くだけでは都合が悪い、その生物の細胞からなる身体に号令をする、脳、神経系が必要になる。そして、多細胞の生物で繁栄したものは、魚類へと、・・・・。
生命進化はとどまることなく続いていく。


この様に、物事には始まりがあるが、それはいつも自らを更新してゆくプロセスにすぎない。始まりの前もあれば、始まりの後も必ずあるだろう。宇宙の誕生する170億年より以前、宇宙はどんな姿、形をしていたのか?時間、空間という概念はあったのか?現在の私達は残念ながら知ることはできない。私達にあるのは「今、ここに生きている自己があること」。そして、今とこれからがあること。生命エネルギーが充実していれば、様々な困難は自己を更新するチャンスとなり、又、別れもある代わりに様々ないい出会いもあることだろう。その事こそが新たな自己を形作ってくれる。いつも、「今から始まる世界」これが、「私達の始まり」の実際の姿のようである。
気 廣川隆志 view and feeling >> 2008年  3、4月自然の循環 そして運航 1
3月になろうというのに、寒さはまだ本格的だ。この真冬の様な寒さの中で、寒さをこらえて夜空を眺めてみる。すると、そこには沢山の星達が所狭しと瞬いている。私達の目には、大きく明るい星、小さくあまり明るくない星、青っぽく輝く星、赤く輝く星を識別するのが、せいぜいだ。そして、星達は、天空の中で前後左右に、比較的に平面的に並んで輝いているようにすら見える。しかし、宇宙は平面的なものではない。
残念ながら、私達の五感を通じて捉える自然の中の森羅万象は、必ずしも自然のありのままを映し出しているとは言えない。だから、私達は、様々な楽しさと出会うだけでなく、自らの運航、循環から脱線し、葛藤や苦しさと出会いながら、日々を過ごす事にもなる。しかし、この自然には,自然の法則があり,同時に、まだ、私達の気付き、知らない自然の摂理として、それに基づき、目に見えず、音に聞こえない物や事が、循環し、運航しているのだ。
それでは、先ず、私達の知っている、地球と太陽との大きさの関係を見てみよう。ここにドッジボールがあるとする。そのドッジボールから、10m先にアズキより一回り小さい物を置くと、これが 太陽と地球との大きさの関係だ。又、太陽を壊して地球と同じ大きさの物を作るとすると33万個の地球と同じ大きさの物が出来るという。つまり、太陽は地球の約、33万倍の大きさなのだ。 
又、私達の居る太陽系は太陽を中心とする8個の惑星と三万数千個の小惑星とそれらのある空間をいう。さらに、銀河系の大きさはというと、銀河系はこの太陽系が約、2千億個寄せ集まった大きさだという。ということは、銀河系には、約、二千億個の太陽系が集まって出来ているということは、銀河系には、二千億に近い太陽と、地球に似た生命体の居る星がある可能性があるということだ。 
さらに、この銀河系が数千億個集まって島宇宙が形成され、さらに、この島宇宙が数千億個集まって大宇宙が形成されているというのだ。
さらに、この大宇宙自体が強力に膨張しているという。私達の感覚、知では、こんな、基本的な大宇宙の大きささえ、捉えることが困難だ。
そして、宇宙には宇宙のリズムがある。天体の自転や運航のことだ。私達の地球の自転は24時間だ。軸がずれている為、時間調整が必要な為。閏年がある。銀河系の1回転の時間は二百五十万年。
小さな原子の世界でもこのリズムは同じ様に働いているという。そしてこのリズムは変わらない事が知られている。例えば太陽系の運航、100年に1秒の狂いもない正確さで、運航しているとのことだ。この正確さは太陽系のみならず、大きいところでは大宇宙、小さいところでは原子の原子核の周りを巡る電子の運航のリズムに至るまで、一貫している。これらの動きを支えているのは、宇宙のエネルギーであるのは間違いのないことだ。現実の様々な動きの陰に、目にも見えず、音にも聞こえない宇宙のエネルギーが私達の知っている事、未知成る事や物、全てつまり、森羅万象に作用しているのだ。

私達の地球は約50億年前に小惑星が衝突し、自転の軸が現在の様に23.5度傾くことにより、四季というリズムのある星となった。四季は地球に住む動、植物に実にメリハリのあるリズム与えた。この事件は地球に住む生命に様々な豊かさをもたらすことになる。そして、地球の動きのリズムだけでなく地球の運航や循環にも大きく影響をあたえる。この事は、地球の自転のリズムや太陽の周りを巡る運航のリズムにも、影響を及ぼし、1年につき四分の一日を加える調整が必要となり、四年に一度、閏年が必要となった。地球では約40億年前に最初の生命体が誕生し、生命の星、地球が誕生する。地球は、先ず、太陽からのほどよい距離で太陽光を受け、植物、そして、動物に光、そして、温度が提供される。ある科学者の計算によると、地球に注がれる太陽光の熱エネルギーは、1秒間に石炭200万トン分に相当するとの事。この距離によって、程よく生命体が生息できる条件を作っている。又、生命が自らを生かす代謝を行う為の豊かな水があること。そして 、又、大気の成分に多くの生命が必要とする酸素が含まれていたこと。そして、この酸素はその後、植物の繁栄により、強い太陽の紫外線を遮り、地表近くに生命体が集まる条件をつくる。そして、現在この地表近くに、ほとんどの生命体が生息する。こういった様々な条件が重なって誕生した生命の星、地球を「幸運の星」又は「奇跡の星」と呼ぶ、天体のスペシャリスト、科学者も少なくない。

私達の星、「地球」は現在、私達人間の起こす様々な問題から、危機的な状況を呈して居るが、そもそも 私達、生命体が生存出来る条件を満たしている。この事だけでも、実は、様々な偶然が重なった「幸運」であり、「奇跡」の星なのだ。まず、私達が生きることの出来る環境をつくった、この奇跡と幸運を導いた自然の摂理に感謝し、当然の様に与えられているこのことの中に、実は様々な、偶然の重なりあった結果であることを、見つめられる眼と、感じ取れる感性は手放すことなく持ち続けたいものだ。

             5.6月に続く
気 廣川隆志 view and feeling  >>2008年 1・2月
新しい年
2008年、新しい年が来た。今年は閏年、366日ある。そして、この一年を過ごすと、又、新しい年に改まる。「改まること」これは大変ありがたい事だ。一年、一年、をリセットして、仕切り直しをする。そして、これは大切な事。何故なら、新年に描いたイメージどおりに、現実はなかなか動いてくれない事が多い。
そこには、様々な人生の季節もある。春の時期にいる人、夏の時期を過ごしている人、秋を生きている人。
  そして、その内容も一律でない。早春を生きている人と、晩秋を生きている人では「あけまして、おめでとう」の意味も当然、自ずから違ってくる。しかし、人はそれぞれに新しい年を迎える。そして、頭で、「今年こそは!」と思う。しかし、人生は、生きた身体から、にじみ出る様に現れるもの。実際に動くのは、生きた自分色の一年。この辺が、又、なかなかうまく行かない。人は年と共にだんだん、自分色が強くなる。これに周囲の人の自分色がぶつかって来たり、社会環境が重なって来る。さらに、その人固有のラッキー、アンラッキーも重なってくる。
「人間は、自分色に生きる、他人色には生きられない。」ここが私達、人間の容易でないところ。そして、この私達の、容易でないところをこの呼吸法 気功の稽古は、より和らげてくれる。自己をかけがいのないもの、と捉えられると、他者もそのように感じられる様にになるものだ。フレキシブルで、パワフルな自己に近づくとは、そんなことも含まれている。今年もより、新しい自己を生き、より沢山の楽しさの中で、時を過ごしたいものだ。そして、何才になっても、この事が可能なのも、うれしい事だ。                    
自己を緩めれば、フレキシブルでパワフル!
今年は新年から、フレキシブルでパワフル!
そんな、いいスタートを切りましょう。いいスタートはいい中盤につながりますよ。そして途中でこけたら又、立ち上がればいい。                

そこで質問です。今、この瞬間、あなたがやりたくてしょうがないことは?今、今日、今週、今月、今年は?
気 廣川隆志 view and feeling  >>2007年 11・12月 
「いとをかし」の国の小さな影色の「もののあわれ」
今年の秋はきびしい残暑の後、かけ足でやってきた。私の稽古場は北関東の赤城山の麓、標高400m当りにある。平地よりは一廻り季節の変化は早い。今、10月の末になったが、どんな影色がここでは展開しているのだろうか?

  
  今年の山栗はつぶも大きく、実りも早かった。今は地面に栗と栗のいがが落ちている。どんぐりも地面に落ちて、踏みつけるとはじけた様な音がする。前回の主公、ナツアカネの生き残りが倒木の枝で枯れた様にとまっている。10月初旬の頃は群れていたナツアカネ達であったが、群れたまま里へ行ったもの、数は少ないが、死地を決めた様に、ここに残って静かにその時を迎えようとしている者等、様々だ。

  気温の低下に伴い、小動物たちの環境も確実に秋色に変化している。夕日の当たる石垣で夕日が沈む頃、暖を取るトカゲ達も目に入る。又、太陽光で暖まった道路で暖を取るバッタやカマキリたちも。私達が感じる暖かさや、暑さの中で元気に活動していた者達がキャストの交代に入っている。そんな影色がこのあたりで今、展開している。

  これらの小動物達は越冬するものもあるが、トンボやバッタ達はもうすぐその命を終える。彼らは、去年から卵、幼虫、さなぎを経て成虫になったもの。さなぎを経ず成虫になったもの、どちらも様々な、事件をくぐってきたにちがいない。そんな意味で「彼らは、彼らの命をまっとうした」と言えるのだ。何故なら、次の世代は次の生の準備にすでに入っているはずだ。きっと、次の世代に又、来年、会えるはず。カントの言う「これでいいのだ。」なのだ。生を閉じるのはなんとなくさびしいが、自然の摂理、自らのDNA情報に基づき、自らを全うしたと感じたら、本当は「おめでとう!!」なのだ。素晴らしいのだ。でもやっぱり、はなやかさはこの影色にはない。

  これから植物達の秋に本格的に入るが、気分として、エネルギーに満ちて動、植物達がそのエネルギーにつき動かされる春に比べ、「はなやかさ」や「期待感」を感じる気分にはならないのは、一つの世代との明確な離別も含まれているからだろうか?一つのページの終わり、さびしさが、秋、独特の気分を、この涼しさから寒さに向かうこの頃、感じさせてくれる。

  「もののあわれ」とは古人達がこんな気持ちを言葉にしたものだが、よく言ったものだ。日本文化は「いとをかし」の文化だと言われる。だが、今の時代、「いとをかし」を特別な所に行って探さないと「いとをかし」に出会えない。そんな時代の動きのピッチや人々の関心は、「いとをかし」を、「もののあわれ」を探している余裕がないのか? 振り返る余裕がないのか?「いとをかし」の国の「もののあわれ」 の小さな影色の話だが、その事がさびしい。
気 廣川隆志 view and feeling >>2007年 9・10月             今年もトンボがやってきた。
例年の様に、私のアウトドアの稽古場のトンボが増えて来た。トンボ達から見たら私の事を、変なやつが、自分達の生活空間で変な事をやっている様に映っているだろう。ここには何種類かのトンボがいるがナツアカネが数の上では圧倒的だ。同じナツアカネでもいろいろな個性がある。

  
今日のここに居るやつは、ケイタイのストラップのバインダーにやたらと止まりたがる。私の腰のポケットあたりだ。去年はゆっくりと手を上に上げると指先に止まりたがるやつ、帽子のつばに止まりたがるやつ、シューズの甲に止まりたがるやつなど。同じナツアカネでも、様々な行動の個性があるし、身体的にも赤いものからオレンジ色に近いものまで様々だ。これからは稽古中に100匹を超えて出合う日もある。

  盆が過ぎいつもの様に朝、夕、涼しい風が吹きはじめる頃、この辺ではトンボが増えて来る。そして、このトンボ達の背影にあるのは朝、夕の涼しい風、蝉しぐれ、強い日差し、他のトンボや昆虫達、そして沢山の植物達など。この自然のセットの一部としてナツアカネ達も映るので、「いつもの様に今年もトンボ達がやって来た。」となるのだ。いつもの様になのか?悠久の時、生命40億年をお互い背負って同じ時を共有してなのか?ただいとおしく感じてなのか?その時の様子によってだいぶ変わってくるが、どう感じ、どう捉えるかはその人の勝手。出来たら感動的な方が楽しい様に思う。

  これはその人に(気)生命エネルギーが十分循環しているとその人の人生は目標だけでなく、夢がその目標に重なって、あるいはその向こう側に現れてくる様なもの。頭で作った目標だけではさびしい。

  今、感じているこの風も「例年吹いてくるのと同じ様な風」ではさびしすぎる。「その頃感じた、あの風に似ている!!」、「はじめての感触の風だ!!」など…より楽しく、身体的でありたい。身体的であるという事は十分な生命エネルギーの循環する身体という事だ。しっかり感じて動く身体からは夢が湧き出て来る。そんな楽しさの中で時を重ねたいものだ。
気 廣川隆志 view and feeling  >>2007年 8月
意欲は快適な身体から生まれる。
最近、稽古中に脳や身体が開いて、身体が宇宙に抱かれて浮かんでいる様な快さを感じている事を時々、経験する。(我が師、西野皓三先生はこれを宙遊という概念で説明。)このとき、細胞が善んでいる細胞レベルの強力な快さも連動している。そうすると、身体が何かをやりたくて、ウキウキしてくる。この様子が何よりも気持ちよく、実に楽しい。そんな事を捉えている、今日、この頃だ。
今回は身体が「快適」になる事と、メンタルレベルの行動の源、「意欲」についてふれてみたい。

(気)生命エネルギーが不足していると、行動に内からにじみ出る様な力が出ない。~しなければ…これもやらなければ…あれも…という様子になってくる。この様な行動は拡がりのない必要にせまられた表象で、頭でつくりあげたものだ。

  しかし呼吸法 気功の稽古を行うと、ある人は川が流れる様に、ある人は打ち寄せる波の様に快適な身体が現れてくる。

これは(気)生命エネルギーの循環による出来事だ。

  この身体の快適さと一緒に現れてくるのが意欲だ。多くの人は意欲は頭で考えてつくり出すものと考えていますが、そうではありません。

  意欲は身体の中から湧き出る様に生まれてくるもの。それは細胞が快感を得た時に生まれます。細胞はどんな時に快感を得るのか?それは生命エネルギーが身体の中で高まったり、強い感動や、外から(気)生命エネルギーが与えられた時、生まれるものなのです。私達、人間はミトコンドリアで産成された生命エネルギーにつき動かされるDNAとRNAと免疫能力に支えられて生きています。頭で考えて生きているのではありません。細胞が(気)生命エネルギーを得て快感を感じ、身体から湧き出て来るのが意欲なのです。

  そして意欲の高い身体は、若者だけの特権ではありません。当会では稽古で生命エネルギーの循環を高め、身欲の高い身体をつくり、自己にチャレンジしたり、生き方を変えていく中高年の人達が続々と誕生しています。素敵ですね。
気 廣川隆志 view and feeling  >>2007年 7月
魚から「もと魚」が誕生したはなし
生物進化は悠久の時を経た生命のリレーだ。前々回のビュー・アンド・フィーリングには私達の祖先が直立し、サルからヒトになるキッカケとなる事件について考えたが、今回は、脊椎動物が陸上で呼吸をする為の、肺の形成と生命進化の最大の出来事と言われている「上陸」について考えてみたい。

  今回の「上陸」は私達の人生での「ドラマ」ほどの派手さはない。坦々とした。魚達の生きる環境の変化と適応についての物語だ。

  今から40億年前、地球に初めての生物が誕生した。それから36億年が経過したデポン期と言われる頃、植物が盛んに活動をはじめた為、光合成による大気中の酸素が増え、やがて4億年くらい前になるとオゾン層が大気中に形成され、紫外線の影響力と光合成に有利な水面近くに生活域を拡げる生物が増え、デポン期(4億年前)になると水から離れて陸上に進出するものも現れた。

デポン期の地球には数多くの沼地があった。たびたび旱魃に襲われた為、浅瀬に住む魚達は大変困った事になる。乾季が続くと沼の水が減る。水温は上昇するので水中の酸素は減る。金魚が水面でパクパクやる様に、デボン期の魚達も乾季にはパクパクと水面でやっていたはずだ。パクパクの繰り返しにより身体に変化が生じて来た。それは食道の一部にできた小さな膨らみが成長して袋となり、パクパクで飲み込んだ酸素を貯えるようになった。原始的な肺の獲得である。
私達の今しているこの呼吸は3億年前の魚達のパクパクのおかげなのだ。

  原始的な肺とはいえ、この肺によって、少々の旱魃ならば耐えることが出来た。しかし、デポン期の旱魃は魚たちに容赦なくおそいかかった。干物になりたくないので、魚達は新しい生き方をする事を迫られる。
そして、ほとんどの魚達は淡水を捨て海に出た。海への適応には浸透圧の調節、食料を海で確保すること。身の安全など困難はあったが、原始肺と喉とのつながりを断ち切り、「浮袋」をつくった魚達が成功し、今日でも彼らは海の支配者なのだ。

  一方、うまく体を調節出来ず、敵を恐れ、池や沼にとどまり、乾季をものともしない驚くべき体をつくった魚たちがいた。肺魚達だ。乾季になると干上る前に泥にもぐり、乾季が過ぎるまで、空気を呼吸しながら、池の底で生きぬき、雨季が来て池に水が溜まると、再び泳ぎ続ける。肺魚はデポン期の池で栄え、海へも行かず、陸へも上がらず、肺とエラを使い分けながら3億年の間、ひたすら池や沼の底で耐え続けた。

  そして、魚達の中には、海へ行く勇気もなく、肺魚のようにただ耐えるスタミナもない落ちこぼれの魚達が居た。彼らに残された事は、陸に上がることであった。陸に上がると言っても隣の池に「水を求めて」上陸したにちがいない。うち少なくないものは干物になり、あるものは、元の水のない池へと戻ったことだろう。幾度となく上陸し、幾度となく失敗しながら、その中から陸上での生活に適応した「もと魚」が現れた。彼らの陸上での困難は大気と重力だった。大気に対しては、肺をつくる事で対応し、肺魚の様に併用していたエラを捨てる事で適応を完成させる。又、陸上で受ける重力への適応は頭骨、脊椎骨を硬骨化し、胸びれと腹びれを前足と後足に変え適応を完成した。

  この「もと魚」の誕生は「上陸」した、私達人間の祖先の誕生を意味し、この呼吸の変化は「生物進化の最大の出来事」と言われる一大事であったが、可能性と条件を求めての雄々しいまでの決心の結果などではなく、旱魃への対処を必要に迫られた、魚達の数千万年に渡る「命のリレー」の結果だった事は心に留めておきたい。
そして、この時代に21%の酸素を空気中から体内に取り込む「肺呼吸」を獲得した。この事は、知のヒト(ホモサピエンス)である私達の生きるエネルギー供給の大事な一面を支えている。
気 廣川隆志 view and feeling  >>2007年 6月
樹木の様な静かな気持ちに・・・
呼吸法を始めて2年が経過した頃、当時、住宅営業マンをしていた私は仕事や日常の場面での残像をいつも心に引きずっていた。そしてもう少し静かな心で居られないものかと考えるようになっていた。

  この写真の位置に立って早朝稽古をしていたが、木々を見ながら「この樹木達の様な静かな気持ちになれないだろうか?」と本気で考える様になっていた。

当時の稽古は休日は東京の西野流の道場に通い、西野皓三先生にオールアウト(ぶっ倒れる)まで気の交流(対気)の稽古を続けてつけていただいていた。倒れてからの呼吸困難が10分を超える事もあった。

  強力な酸素負債を解決する為、横隔膜や胸部の動きでは足りず、腹筋運動にVシットあるいはジャックナイフをいうのがあるが、足と胴体をVの字形に近づけ、ドッタン、バッタンとVシットで内臓まで動かし極限状態の呼吸困難をしのいでいた。そして、このオールアウトの(気)生命エネルギーの交流(対気)の後、体はなんとも心地よく、心はなんのとらわれのない静かさが現れて来た。そしてその時間がだんだん伸びていった。又自宅で過ごす休日は、夏は家の廻りで沢ガニやドンボを採る子供達の近くで呼吸法(気功)の稽古をしていた。平日は3時間、休日は6時間程度が日課であった。

  そんな強力な西野先生につけていただいた稽古のおかげで、群馬に居ながら身体で感じる気の世界の感覚がどんどんスピードアップして行った。そして、気持ちが丹田近くにおりて来た頃、木々の気持ちが言葉を越えて、感じられる様になって来た。雨の翌日の朝日をあびる木々の感動に影響され楽しい稽古を何度となく経験した。そして、気持ちが足におりた頃から、ビタッと凪いだ大海の様な気分も時々、味わう様になって来た。今はこの凪いだ大海の様な気持ちが稽古中の基本的な気分となっている。

  9年前に思った「木々の静かな気持ち」を稽古中は今、越えている。優れた師、優れた方法論(メソッド)はプロセスを無駄なく、迷うことなく短縮してくれる。ありがたいことだ。と同時に「今まさに気の世界の途中」に居られ、より高い峰にチャレンジ出来る事に心より感謝したい。
気 廣川隆志 view and feeling >>2007年 5月
落ちこぼれの類人猿がヒトになったはなし。
私たちの先祖が、サルからヒトになる決定的瞬間に学ぶ

私達が日々生活するの中で、願いや思いに反する結果に良く出会う。これは人間をやっていれば良く出会うこと。「成功している企業でも、イヤなことが7割。」とはよく言われること、いかに自分にとって、都合の悪いことに出会い、処理をし、素通りをしなければならないことが多いことか!と思いを巡らしたことのある方も少なくないと思う。
ここでは私達の先祖がサルからヒトになったキッカケとなる事件を眺めながら、自分にとって都合の良くないことについて思いを巡らしてみたいと思う。

諸説あるが、そのうちのリアリティーのある一説。
今から、約6500億年前、白亜紀の終わり頃、恐竜と並んでほ乳類の多くの系統も絶滅した。我が霊長類は進化の初期にあったが幸い生き残った。この頃の霊長類は、ネズミ、だかリス、だかキツネだかわからないような姿をしていた。
この私達の先祖達が、木に登る事になったキッカケは、先ず自らの命を肉食のほ乳類から守るためであった。
当時の霊長類の特徴は「熱帯亜熱帯での樹上生活に適した体」だった。しかし、当時の霊長類が最初から、木の上での生活をするスキルを十分身につけていたわけではなかった。枝はいつ折れるともしれず、木漏れ日の中で動くと目がクラクラし、ちょっと強い風が吹くと。バランスを崩して木から落下、肉食のほ乳類の餌食に・・・・。
初期のほ乳類は、昆虫をを食べた。その為、手は、高度な操作が出来るよう発達し、ついには親指が、他の指と向かい合い、指は、カギ爪ではなく、平爪に裏打ちされた敏感な指の腹が育つ。又、距離を測定するため、両目は扁平な頭の前方に移動し、立体的にものを見る能力を向上させ、類人猿は約1800万年前の中新世に、黄金時代を迎える。
私たちの先祖が、サルからヒトになる決定的瞬間に学ぶ

私達が日々生活するの中で、願いや思いに反する結果に良く出会う。これは人間をやっていれば良く出会うこと。「成功している企業でも、イヤなことが7割。」とはよく言われること、いかに自分にとって、都合の悪いことに出会い、処理をし、素通りをしなければならないことが多いことか!と思いを巡らしたことのある方も少なくないと思う。
ここでは私達の先祖がサルからヒトになったキッカケとなる事件を眺めながら、自分にとって都合の良くないことについて思いを巡らしてみたいと思う。

諸説あるが、そのうちのリアリティーのある一説。
今から、約6500億年前、白亜紀の終わり頃、恐竜と並んでほ乳類の多くの系統も絶滅した。我が霊長類は進化の初期にあったが幸い生き残った。この頃の霊長類は、ネズミ、だかリス、だかキツネだかわからないような姿をしていた。
この私達の先祖達が、木に登る事になったキッカケは、先ず自らの命を肉食のほ乳類から守るためであった。
当時の霊長類の特徴は「熱帯亜熱帯での樹上生活に適した体」だった。しかし、当時の霊長類が最初から、木の上での生活をするスキルを十分身につけていたわけではなかった。枝はいつ折れるともしれず、木漏れ日の中で動くと目がクラクラし、ちょっと強い風が吹くと。バランスを崩して木から落下、肉食のほ乳類の餌食に・・・・。
初期のほ乳類は、昆虫をを食べた。その為、手は、高度な操作が出来るよう発達し、ついには親指が、他の指と向かい合い、指は、カギ爪ではなく、平爪に裏打ちされた敏感な指の腹が育つ。又、距離を測定するため、両目は扁平な頭の前方に移動し、立体的にものを見る能力を向上させ、類人猿は約1800万年前の中新世に、黄金時代を迎える。
5月2
ところが、地球が寒く、乾いてくると熱帯雨林はどんどん縮小しはじめ、類人猿同士のサバイバルが始まる。森林が縮小したとき、ケンカの強い類人猿は乏しくなる食料の争奪戦で勝利し、彼らはジャングルにしがみつき、ジャングルでの資源探しに熟達してゆき「類人猿らしい類人猿」になってゆく。彼らの子孫がゴリラだ。
別の類人猿は果実という食物に固執し、熱帯雨林の近くの林で生きるすべを身につけた。時に応じて地面に降りて、食物を探すことも必要になる。この過程で、高タンパクの昆虫や肉を食べるようになり、雑食をするようになる。このライフスタイルに適応したのが、チンパンジー達の先祖だ。
しかしこの環境に適応できない落ちこぼれの類人猿達がいた。木に登り果実を採ったり、繊維質の食料を採ることに熟達しておらず、ゴリラやチンパンジーとの競争に敗れ平原に追い出された。この類人猿達は新しい生き方を発見するか、あるいは、のたれ死ぬしか方法はなかった。
もともと木に登ったのは、肉食のほ乳類から、自らの命を守るためであった。しかし草原に追い出されるということは、又、この天敵と出会い餌食になることの日常化が始まり、又、乏しい食料を探し、食べられるものは手当たり次第食べ、弱い自らを家族や集団の中で守り。食料を分け合うことの大切さを学び、自然の摂理の中から植物や動物の利用の仕方を捉え、やがて、それらは農耕や牧畜に発展してゆく。又、より、直立することによって、大きなヒトの脳を発達させ、やがて彼らは知のヒト(ホモ・サピエンス)となってゆく。類人猿から落ちこぼれることで知のヒト(ホモ・サピエンス)は誕生 した。
気 廣川隆志 view and feeling  >>2007年 4月
ウグイスの谷渡りの饗宴
3月を数日残す暖かい朝、我が家の周りは、10羽近いウグイスの谷渡りの饗宴に囲まれていた。「ホー・ホ・ケキョ」という鳴き声が、重なりながら響いている。標高500
m近い我が家では氷点下の世界である冬が終わり、暖かい春の訪れを教えてくれるのが、ウグイス達の谷渡りのさえずりである。谷渡りというのは「ほー・ほ・け・きょ」というあの鳴き声のこと。10羽近いのは、ここへ越してきて、初めてのことだ。とてもすがすがしく、安心感に包まれた、和やかな春の朝を、ウグイスたちに囲まれて過ごせた。
今年は冬が暖かかったり、春が寒かったりで、いつもより一ヶ月も早く顔を出そうとした蕗のとうが、このまま顔をだしていいものか?どうなのか?一ヶ月余り迷っていた。そんな春のはじまりの我が家の周りの景色の一部。そんなことを感じていた矢先のウグイスの鳴き声だった。<光の春>(日差しがだんだん強くなり春らしくなる頃)が終わり<匂いの春>(早春の草木の花が咲き芽吹き初める頃)が、彼らの本格的な谷渡りのはじまりの時期らしい。私はこの鳴き声で赤城山南麓の春の訪れを実感し、何とも言えない安心の様なものをいつも感じる。                            
彼らの泣き声は赤城山南麓の景色にしっかり融け込んでいる。何故だろう?彼らは野生だ。野生とは作為を経ないで、自然の循環の中で、生命を全うしているということ。
自然の一部として生きている。、自然、そのものだ。つまり、自然(宇宙)と一体だ。だからメスを求める求愛の声「ホーホ・ケ・キョ」も自然の声、全く作為がない。だから、私達に、その素朴さ、透明感、その無垢さが伝わってくるのだ。
彼らの鳴き声は、彼らの気持ち、表情、そのものだ。多くの私達人間にはウグイスたちと同じ様に、無垢で、透明で、明るく、美しい声を残念ながら、出すことはできない。
せめて、同じ時、同じ場所で彼らの鳴き声を聞く機会があったら、彼らがどんな気持ち、表情で鳴いているのか、感じ取れるならば、きっと社会(作り事)の中で生きる私達の活力になるだろう。そんなことを感じられる余裕と、生きた感覚、感性も大事。
翌日の朝、彼らは、大きく移動して、それぞれの縄張りで「ほー・ほ・け・きょ」とさえずっていた。
気 廣川隆志 view and feeling >>2007年3月 Yさんの怪我
Yさんはこの2月で77歳になった女性です。
稽古歴は3年、「白髪で背筋が通り少女の様な雰囲気があってすてき」。と稽古仲間から言われている。
そんな彼女が去年の暮れに買い物中に転落事故に遭い怪我をした。日没直後の薄暗いとき、上から3段目までしか仕上がっていない階段の4段目を運悪く、踏んででしまったのだ。
3段目から下は約80cmありアスファルト舗装になっている。そこにダイビングするように転落した。顔面以外の上体、手、足を強打、しばらくの間、気を失うという状態だった。しばらくして、命からがら自力で自宅まで帰り病院へ向かった。
肘はテニスボールのように腫れ上がり、腰からももに拡がる大きなアザ,看護士さんが思わず「気持ち悪い」と口走ってしっまったほどだったと言う。
主治医の話によると、「この様な転落事故では、骨折、内臓破裂がないのは奇跡的だ」とのこと。
そんな怪我をしながら暮れに2回の稽古にやってきた。そして年明けには連日。
そして約1ヶ月が経過したある日Yさんの怪我を聞きつけた友人がお見舞いにやってきた。その時には、転落時に階段に腿を打ち付け腰を反らせた痛みが少し残るくらいだった。元気に日常の生活を送っていた。
Yさんの70代の友人がYさんより少し前に公園を散歩中に足を障害物にひっかけ転倒。4ヶ月を過ぎる今でも歩けずにいるという。Yさんはしばらく前には回復。
今では、転落事故に遭ったことすら忘れて日常生活を楽しんでいる。YさんとYさんの友人、大きな人生の景色の違いだ。
そして、またYさんのこと。最近テレビを観ながら焼き海苔をきざんでいたらハサミで指先をはぎってしまった。
当然、出血も。救急バンを貼っておいて、入浴後の貼り替えの時、傷を見たらきれいになくなっていたとのこと。
「こんなことってあるんですか」「不思議と」本人。
こんな話を聞いた直後、今後は安中市に住むSさん。なにかバツが悪そうに「この間ノコギリで木をひいていたら手を怪我してしまいました。
出血したので、タオルをあててしばらく(2~3時間)してみたら傷が治っていました。」
あまりに早いので本人もビックリ。「友人に話したら、おかしいと思われたら嫌なので私に話した。」とのこと。
私も擦り傷をつくった時、同じような経験をしているよと言うと安心した表情のSさん。
怪我はしない方が良い。怪我をした当時は、瀕死の思いをしていたはず。
怪我をしても、すぐ回復する身体は大切。
しかし、回復した後、痛みも忘れた頃、こんな話を聞くと少し楽しい気分になるこの頃です。
気 廣川隆志 view and feeling >>2007年2月
  シジュウガラが残していってくれたもの
富士見村の私の家の近くの公園は標高約400m、赤城山の裾野の傾斜がきつくなるあたりにあります。
西側は、高台になっていて榛名山が望める。
どうだんつつじの植え込みが高台と斜面との境界になっている。
2月の静かな朝、この植え込みの近くで呼吸法(気功)の稽古をゆったりとしていると、シジュウガラがやって来た。
2m程の距離だった。屋外での2mというと手を伸ばすと届きそうなそんな距離。
至近で見るとシジュウガラはとても小さい。雀の半分程の大きさだ。又、この小さな体はとても良く動く。
あっちを見、こっちを見、枝から枝へ、チョンチョンと動き続けて止まる事はなかった。
やがて、1分程した頃だろうか?この小さな体を持った鳥は、やって来た時と同じ様な雰囲気のまま去っていった。
そしてこの小さな鳥と共有した1分程の時間は言葉を超えて私に様々なものを残してくれた。
思えば呼吸法(気功)と出合う以前(約12年前)、私は富士見のこのあたりには、小鳥は居ないと思っていた。
姿を見るのは雀と20m~30mの距離になると子鳥や雌鳥を守るため飛び出して来るキジくらいなものだった。
そして呼吸法(気功)と出合って4年目頃からウグイスやヤマガラ、メジロなどの小鳥達、リスやイタチ、狸などが沢山いる事を出合う事によって知った。
それ以前の私は、弱い小動物達が出合ってくれなかったのだ。

当時の私は月間300から400kmのジョギングとウエイトトレーニングを行っていた。血色も良く職場では心身のバランスがいいと思われていた。
しかし、仕事の残像や様々なストレスといつも一緒にいたため彼らに避けられていたのだ。

しかし、意識が足に下りてからは小動物達との距離は確実に縮まった。キジの親子や狸と一緒に早朝散歩が出来たり、臆病もののウグイスを至近で見たりその若鳥と稽古中に接触したりと、この事は弱い小動物達からすると私との間合いを縮めるという事は
彼らにとって自己を守るという点からも決定的なこと。

弱い小動物が気持ちを許してくれているのだ。

日常のこんな場面に出合う度、何とも言えない満ち足りた気持ちが私の中に残る。
鳥達よ、また近くにおいで。