私達の「生きるという営み」 それは、ときには淡々として、ときには大変アグレッシブに展開していきます。この生きる営みの展開を身体のレベルから支えているのが「呼吸」なのです。人間は呼吸と食物によって気生命エネルギーを生み出して生きています。少し厳密に言えば、人間をフィジカル(身体的)、生物学的に生かして居るのは、食物と呼吸です。しかし、食物も最終的には呼吸によって、細胞中のミトコンドリアによって燃焼させ、全身の活力となり、血となり、肉となるのです、ということは、人間は生理学的、生物学的に呼吸によって生きているともいえます。
ここで、生理学的、生物学的にと言ったのは、人間は単に生理学的、生物学的に生きているだけの存在ではないことを確認したかったからです。人間は「人間という存在」として今を生きているのです。人間という存在とは「自分というかけがえのないもの」と言うべき自己(身体)を誰でも持っているということです。その、「かけがえのなさ」が、呼吸法気功の稽古を実践すると、その稽古の進捗のプロセスとして現れ成長して来ます。
それは、先ず、あくまで、自然の中で呼吸する身体の心地よさとして言葉を超えて実感します。そして、さらに、稽古が進むと、重なる様にして、私達、人間の脳と言語の作ったバーチャルリアリティの世界と言うべき「社会」の中で生きている様々なしがらみの重さを超えて実感するでしょう。
残念ながら、私達人間は、純粋な現実の中だけで生きる事は出来ません。純粋な現実とは、「今、ここで、生きている」ということだけです。それ以外は多かれ、少なかれ、仮想現実「バーチャルリアリティ」の世界です。つまり、私達の頭脳が作り上げた世界だということです。
そして、「今、ここで、生きている自己が真にかけがえのないもの」となるには、足ることを知りながら、現実を創造できる、フレキシブルでパワフル身体(自己)が必要です。」 この、フレキシブルでパワフルな身体から、フレキシブルでパワフルな人生がにじみ出る様に展開して行きます。それは、呼吸法気功によって培う事ができるのです。
さらに、稽古が進み、自分という個体(小宇宙)を呼吸法気功によって身体的に完結しえたとき、自己(小宇宙)を包み込む大宇宙が身体の中に現れて来ます。この、大宇宙とは、宇宙に遍満するエネルギーであり、素晴らしい心地よさ、感動と共に強力な生きる力を身体にもたらしてくれます。自己(個)とは個を超える普遍(宇宙)に包まれて、はじめて、個(自己)本来の「かけがえのなさ」を発揮することができるのです。この、自己の「かけがえのなさ」のバックグラウンドは宇宙(普遍)だったのです。この、「自己のかけがえのなさの拡がり」を捉える事が呼吸法 気功の稽古の楽しさでもあります。 良い呼吸をする事、それは、大変、楽しいことです。それは、「生きる楽しさ」とも重なって行きます。ゆったりと、時を忘れて呼吸や呼吸法の動作をしばらくの間、繰り返してみましょう。きっと、呼吸する自己(身体)の心地良さが、少しずつ、実感、出来るようになるでしょう。私達、呼吸法気功研究会では、この楽しさを、生きる楽しさを 「基本動作」と気の交流「練気」によって実現するメソッドを展開しています。




