手前左が廣川 (友人宅で)
廣川隆志 初めての感動
皆さん、ご自分の幼い頃の初めての大きな感動をしたことを覚えていますか?
私の初めての感動は、5歳になったばかりの頃のことです。呼吸法 気功教室では感じて動く身体、感動擦る身体をつくります。
私の家から、桐生市立南幼稚園への通園中の約800mの道程の真ん中あたり、初夏の朝の出来事です。
家から幼稚園までには、二本の自動車の通る通りを渡らなければ、なりませんでした。その、二本目の通りを渡ると、小さな花畑の中の小径を通って幼稚園へと通っていました。そして、ある、日差しの強い朝のこと、私の大事件は起きました。
ダリアの花が沢山、咲いていました。そして、小径のすぐ脇に咲いているダリアの花に、大きな黄アゲハ蝶がとまって、羽ばたきながらダリアの花の蜜をすっていました。両方の羽を拡げると、私の手のひらより、ずっと大きい黄アゲハでした。
私はその、黄アゲハを捕りたくなりました。そして、その、羽ばたいている黄アゲハに、そっと近づき、右手を伸ばして、一方の羽をつまむ様にして握りました。そうしたら、手のひらより、ズット大きな黄アゲハが獲れてしまいました。そして、片方の羽を私の小さい親指と人差し指、中指にはさまれて、必死にばたばた、羽ばたいています。始めて味わう、キアゲハの羽の感触!絶対逃がしたくない!私も必死でした。足は地につかず、気持ちは動転、自分には「まだ、出来ない!」と思っていたことが今、実現しているのです!
信じるも、信じないもない、今、私の手でつかんでいるのが、いままで、鳥が飛ぶ様に、幼かった私の上空を羽ばたいていた、あの、黄アゲハなのです。
「逃がしてなるものか!」この一念で、このお花畑の道を隔てて反対側にある、友人の家の隣にある八百屋さんに駆け込み、ビニール袋をいただき、その中にその、黄アゲハを逃がさずに入れることが出来ました。
この、無事、手の中の黄アゲハをビニール袋に入れた時の、感動は48年を経過した今でもしっかり、覚えています。先ず、生きた黄アゲハの羽の感触、手についた羽粉、バタバタと羽を動かす躍動感!絶対逃がしたくないという緊張感。そして、ビニール袋の中にこの、生きた、宝物が入った時、「もう逃げられないんだ。」という安堵感と同時に誕生した、「こんな事の出来た僕はスゴイ!」という、プライドらしき気持ち。この頃の、私にとって、目もくらむ様な緊張と弛緩。言葉ではとても言い現すことの出来ない。密度の濃いリアリティーと感動をこの事件は、小さな5歳になりたての私にもたらしてくれました。今、思い出すと何かキラキラしたものに包まれたような気がします。
そして、そのまま、幼稚園に行くのを忘れて、このお花畑で蝶々を追っていたら、幼稚園で私が家を出たのに到着しないことが、問題になり、父兄が、通園の道を探し、発見されるまでの約一時間の間、私は「蝶々と私の感動時間の中」で、もう一羽のアゲハ蝶を追って過ごしていました。そして、クラスの誰のお母さんか解らないおばさんに発見され、誇らしくビニール袋の中のキアゲハを見せたら、「こんな事して!悪い人に連れて行かれたらどうするの?!」と言われ、幼かった私は「全精力をぶつけて勝とった、夢とロマンの世界から、」幼稚園という現実世界へ引き戻されてしまいました。そして、大好きだった幼稚園の菊組クラスの中蔦先生がこの日から、三日間、の間「目線を合わすと、いつも、優しく微笑んでくれたのに、微笑んでくれませんでした。」この事だけが寂しかった。クラスや幼稚園の男の子達には「素手で黄アゲハを捕まえちゃうなんて、スゴイ!」と言われ、やっぱり英雄だったのに、何だかイマイチ,スッキリしない!・・・。冒険にリスクは付きもの!!・・・解ったのか?解らなかったのか?・・・。
そして、話はまだ続きます。
時間は過ぎて、小学校に入学して、1年2組のクラス担任はなんと、南幼稚園の菊組担任の中蔦先生のお母さんでした。同じく、名前は中蔦先生で娘さんから、私のことを聞いていて、「君が廣川君かい?アゲハチョウを手で生け捕りしたんだよね?スゴカッタネ!あと、金魚の絵上手だったねえ。入選したんだよね?」と言ってくれました。アゲハチョウの事件は英雄になったり、冷たい視線を浴びたりで、自分としたら、どう見たらいいのか迷っていました。しかし、お母さんの中蔦先生の,この言葉で、改めて、父兄のオバサンと大好きなクラス担任の中蔦先生の「冷たい対応」に少し落ち込んでいた私の気分が、プライドと宝物をもう一度、一緒にもらった様な、晴れ晴れとした気分に成れました。「やっぱり、僕はスゴイ!!」もう、この世にはいらっしゃらないかも解りませんが、「お母さんの中蔦先生、ありがとうございました。」ジャン ジャン。おわり。
呼吸法 気功の世界、私の師、西野皓三先生の言われる「偶然然の必然」はこの幼い幼稚園、小学校1年生と中蔦(なかつた)先生親子に指導されるということで、経験していた
