呼吸法 気功研究会

廣川流呼吸法でフレキシブルでパワフルな身体・慢性病の回復を!

廣川流呼吸法

〒371-0047
群馬県前橋市関根町1-8-12
TEL:027-289-9854

 

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病気、不調からの回復体験談

自然治癒力の発動

呼吸法気功療法では、本人の不調や病気の原因、現在の不調や病気の様子、現在の生活環などの様子をうかがい、外気療法のみの方、呼吸法教室での「基本動作」「気の交流」をベースに「外気療法」と「遠隔での外気療法」を必要に応じ、取り入れたスタイルでの呼吸法気功療法。呼吸法教室で「基本動作」と「気の交流(練気)」で自ら動き、交流することにより、身体の生命エネルギーの循環を向上させることで、個人に応じた、身体の不調や病気の回復を促すプログラムを展開しております。そのうち、何人かの方に、呼吸法気功療法での自らの不調や病気を克服した経験をお話頂く為、登場いただきました。

 

INDEX

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1.匿名希望 Hさん30歳代 群馬県北群馬郡 公務員

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いつも明るく前向きで、誰にでも話を合わせて笑顔で接し、頼まれた仕事はプラスαを加え、休みなしでも徹夜をしてでも責任を持って完璧に仕上げ・・・。バリバリと仕事をこなす積極的な自分を気に入っていた私でしたが、体力を過信して能力を超える生活を身体に強いていたのでしょう。このまま行けばいつか病気になると心の底で予感していましたが、体からの悲鳴がとうとう現実の通知となって届いてしまいました。平成21年12月21日の朝、職場のデスクで私宛に届いたH病院からの健康診断結果を開けたら「精密検査を必要とします」、E判定2件、C判定3件、B判定1件と書いてありました。何これ?これが今の私の身体?これってボロボロじゃん!検診の結果、膵脳胞の疑い、婦人科細胞診クラスⅢb、萎縮性表層性胃炎、肝内石灰化像の疑い、子宮頸部びらん、尿潜血反応が明らかになったのです。私はこれまで特に入院するような大病をしたことはなく、健康に生んでくれた両親に感謝と思って過ごしてきました。しかし、社会人になってからは、複数の仕事と子育てと家族の病気やトラブル等々で、心にも体にもほとんど余裕のないストレスフルな毎日を過ごしていました。これに加え、一年前に車の追突事故に遭い、首から腰にかけてのむち打ち症状と相手方の保険会社とのトラブルに悩まされていました。多重のストレス解消法は、帰宅後の大量の料理作りと飲酒でした。そんな私がこの体からの通知を境に、生まれて初めて自分の体、そして命と真剣に向き合うことになりました。「呼吸法気功教室」(外気療法)

 

2.匿名希望Iさん20歳代 茨城県結城市在住看護師

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私の仕事は看護師です。それも、病院の内科に勤務しています。病院では、若い、多くの方々が、比較的元気なお体で入院され、半年~1年足らずでガンの治療の最中に、本人の痛々しい努力や周囲の努力むなしく、短い生涯を終えられるケースを毎週のように見て、ガンは恐い病気だ。と思っていました。しかし、ガンへのアプローチが病気の原因に根ざしたものであれば、決して、恐くはない事が、今回の私自身のガンとの闘いで、わかりました。ガンが治り、命が延びただけでは、感謝の気持ちにもならないと思い、私が、今まで、病気を治す方法として、視野に全く入っていませんでした「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)で、「リンパガンが治った。」ことを約、半年強の時間で、大変明確な、結果として、経験する事が出来ました。私自身の中に留めておくだけでは、大変、勿体ない貴重な経験として、呼吸法気功研究会の廣川先生にお世話になりながら、大事だと思われたことは、先生にインタビューさせていただき、経験をまとめてみました。よろしかったら、今、ガンで苦しんでいる方、ご参考になさってください。今回の病気の症状の始まりは、平成20年、正月、手足と胸に強力な痛みを感じ、T大学病院に入院したことから始まります。様々な処置をしましたが、回復どころか、痛みは強くなる一方、全く、うなされ、眠れない日々が続く、そんな時、母がホームページを見て、廣川先生に連絡、1回の施術で、痛みがほぼ消え、安眠が出来るように。ほとんど、出来なくなった歩行も一週間で出来るように。そして、退院の時の検査でリンパガンが見つかり、そのまま入院、動けない時は、病院ベッドから、動ける時は、ロビーから、あるいは、自宅から、携帯電話を通じての遠隔外気療法(遠隔気功療法)を週3回実施し、抗ガン剤と併用し、1クール約、半年の間に、ガンの反応は無くなる。抗ガン剤投与により、少なくなるはずの、白血球の数値も、投与直後にいったん、下がるが、すぐに回復。1クールの終わり頃、10,000を超え、一般の健康人、以上の数値に。「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)

 

3.匿名希望 Hさん 石川県 輪島市在住、50歳代 会社員

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長男が、東京の大学へ、長女が受験を控え、胃ガンを発病、医師より、胃の摘出80パーセントを勧められる。知り合いで、同様の手術後、仕事が出来なくなってしまったひとの事が気になり、今は、まずいと悩む。知人に相談、廣川が呼吸法気功をやっていると聞く。サイトを検索し、連絡、遠隔外気療法を試みる、三ヶ月経った頃の検査で、炎症反応が弱くなり、4ヶ月目でほぼ消える。白血球が、健康体の数値と並び、5ヶ月目からは、上回る。身体の休養には気を遣い、職場や家庭で、周囲の協力を、得ながら管理職の仕事を続けながら、手術をせず、に胃ガンから回復。 「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)

 

4.匿名希望 Tさん30歳代群馬県高崎市在住 ケアマネージャー

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悪性の末期卵巣ガンが消える。大泣きする度に、すがすがしい気持ちと身体に元気が・・・。「呼吸法気功教室」「外気療法」

 

5.匿名希望 Tさん群馬県前橋市在住 小学校教頭 50歳代

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呼吸法気功教室に通い始めて4年2ヶ月が経ちました。友人に誘われ、特に理由もなく呼吸法気功を始めました。その時は、自分自身に何か問題があるとか、困っているとかの自覚は全くありませんでした。でも、問題は大ありで、入会後、間もなくそれに直面する事になったのです。私の中には何十年分のストレス(マイナスエネルギー)が重くたまっていたのです、そのことが身体の変化を通して徐々に解ってゆきました。「呼吸法気功教室」「呼吸法気功療法」

 

6.匿名希望 Hさん 群馬県前橋市在住会社員 40歳代

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呼吸法を初めて5年、不注意のケガの無理から中性脂肪2.723 空腹時血糖値464の糖尿病が2ヶ月で正常値に。その当時、医師に一生治る事はないと言われたケガによる、神経の麻痺も半年で回復。「呼吸法気功教室」

 

7.匿名希望 Oさん 群馬県高崎市在住 40歳代

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先天性の心臓疾患で今まで走ったことのない私が稽古中に始めて走った。「呼吸法気功教室」

 

8.匿名希望 Kさん 群馬県前橋市在住 自営業 50歳代

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過去(産後)に関節リウマチや急性腎炎?の症状が出る。また、身体の左右差を感じ、表面化する。大病予防策の必要性を感じ、呼吸法気功教室での稽古をスタート、順調に回復する「呼吸法気功教室」

 

9.匿名希望 群馬県太田市在住 Hさん 公務員 40歳代

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去年の11月この呼吸法気功に出会い、とにかく???だらけの世界に、とにかく続けてみなくては!とあっという間に一年が過ぎる。甲状腺腫が小さくなり、結果は出ると言うより、進行形の自己を感じている。

 

10.匿名希望 Yさん 70歳代 群馬県前橋市在住 元小学校教諭

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暗がりの、仕上がっていない階段(高さ約80センチから、前のめりに転落。気絶し、大けがをしたが、約1ヶ月後、怪我を知った知人が御見舞いに来たときには、すでに回復していた。「呼吸法気功教室」

 

11.匿名希望 Kさん 50歳代 群馬県高崎市在住 会社員

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仕事上のストレスで帯状ヘルペスを発症、この呼吸法気功教室の稽古開始と共に、身体に様々な良い変化を実感。「呼吸法気功教室」

 

12.匿名希望 群馬県安中市在住、Kさん 主婦 40歳代

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2003年初めくらいから、現在の医学では、治療困難とされる、電磁波過敏症と診断され、藁をもつかむ思いで呼吸法 気功をはじめる。初めての稽古で元気が出て、これで、治ると確信、電磁波過敏症を克服する。「呼吸法気功教室」

 

13.匿名希望 Nさん 群馬県前橋市在住 主婦 40歳代

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強いセンシティビティーの為、他人のサイキックスポンジになってしまう私が徐々に自己の主人公に。「呼吸法気功教室」

 

14.匿名希望 Yさん 群馬県高崎市在住 主婦 40歳代

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椎間板ヘルニアを患い左足がいつも冷たく、しびれる様になる。手術をしても、この痺れは治る保証はないと言われ、この痺れとは一生付き合うしかないと覚悟を決めたが、呼吸法気功と出会い・・・・。「呼吸法気功教室」

 

15.匿名希望 Yさん 群馬県前橋市在住 木彫作家 50歳代

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剣道居合道の六段の審査の最中、肩の筋を痛める、仕事が思う様にならず、つらい日々を過ごし、海外を含めあらゆる治療院似通うが良くならない肩の筋が呼吸法気功教室の稽古に参加し完治。「呼吸法気功教室」

 

16.匿名希望 Sさん 群馬県高崎市在住 主婦 40歳代

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20年来、医院にも通い、一生付き合うものと覚悟し、苦しんでいた腰痛がたった1回の施術で回復!あまりのあっけなさに、驚く。「呼吸法気功療法」

 

17.匿名希望 Mさん 群馬県伊勢崎市在住 主婦

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うつ病を20年前に発症。就職、結婚、子育て、仕事、など、人生の節目、節目に再発を繰り返す。呼吸法気功教室での稽古を通じ、今までの自分の「無理な生き方」を知り、自分の向かうべき方向を知る。良い稽古をした後の、治癒反応(好転反応)でもある、うつ病の発作は遠隔気功療法で簡単に通過できることを体験し、苦痛に対する怖さを抱かずに、身体が快方に向かう実感と共に、短期間で、うつ病の発作は自分でコントロール出来る力がつき、うつ病回復の自信が・・・。「呼吸法気功療法」

 

18.匿名希望 Hさん 群馬県 前橋市在住 30歳代 会社員

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呼吸法気功教室に通う様になって4年、「脳精髄液減少症」が日常生活や仕事に支障がない位まで回復。「呼吸法気功教室」「呼吸法気功療法」

 

19.匿名希望 北海道 苫小牧市在住 会社員 60歳代

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まだまだ冬の気配が残る北海道の3月に、過敏性膀胱と腰痛に悩み群馬の廣川先生の遠隔気功療法の施術をお願いしてから6か月が過ぎようとしています。当初、毎朝腰の鈍痛で目が覚める状態であったのが、薄紙が剥がれていくように痛みが和らぎ、現金なものであの不安感を忘れている自分に気がつき、あきれると同時にこれからの生活に自信を覚えます。「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)

 

20.匿名希望 群馬県 前橋市在住 団体職員 Kさん 60歳代

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平成5年11月私は、仕事での作業中3mの高さからのロフトから、はしごが外れ、転落してしまいました。手で押さえるスタイルの簡易はしごでしたので、スルスルと滑ってロフトから外れ、何故か、落下しながら、はしごの枠にお尻がスッポリと挟まった状態で転落しました。その時、はしごの丸太で腰椎を強打し、身体に激痛が走り、悲鳴とうめき声が、部屋中に響き渡りました。

 

21.たった20日間で、糖尿病から回復!? 群馬県前橋市在住 造形教室 主宰 入会6年目 関口清子さん 59歳

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エー!痩せの私が(160cm、45kg)の私が[糖尿病」に!?
この2年ほど、私はさわやか検診(前橋市の健康診断)に行っていなかったので、近所の主治医の先生から検診をするようにと連絡があり、夏の教室が終わってから、すぐに伺うお約束をし、医師のところへ飛んでいった時のことである。
健康指導値を通り越して完全に病気で、まだ初期だから、食事療法をするように・・・。とエー!?野菜食の多い私が・・・? 振り返ってみると、私は、休養らしき事をしていなかった。

 

22.匿名希望 Mさん 群馬県前橋市在住 30歳代

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呼吸法と出会って、3年と9ケ月ほどが経ちました。呼吸法に入会した理由は「もっと元気になりたい!」「何事にも、受け身的でなく、自分の意志で毎日が送りたい」という願いからでした。当時は、新築の建材から出るトルエン(シンナー)によって健康を害し、頭痛や倦怠感から毎日を送るのがやっとの状態でした。

 

23.匿名希望 Tさん 北海道札幌市在住 10歳代

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娘は当時、中2でバレー部に所属していました。その娘が異常を訴えてきたのは、2009年8月で、「足が痛むんだけど…」と。普段は、あまり訴えない娘なのだったので、よほどのことかと思い、すぐ整形外科を受診しました。レントゲン写真では、何も問題はなく「筋肉が疲労していてこのままだと疲労骨折になるから休みなさい。でも休めば治るから」と言われました。けれども、部活を休んでも良くなるどころか痛い箇所が増え、整体やカイロや針やマッサージなど10か所以上も試してみましたが効果なし。そのうち、「頭がおかしい…」と朝が起きられなくなり、学校へ行くことが出来なくなりました。

 

24.匿名希望 Tさん 群馬県前橋市在住 50歳代

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呼吸法気功教室に通い始めて4年2ヶ月が経ちました。友人に誘われ、特に理由もなく呼吸法気功を始めました。その時は、自分自身に何か問題があるとか、困っているとかの自覚は全くありませんでした。でも、問題は大ありで、入会後、間もなくそれに直面する事になったのです。私の中には何十年分のストレス(マイナスエネルギー)が重くたまっていたのです、そのことが身体の変化を通して徐々に解ってゆきました。

 

25.匿名希望 Iさん 埼玉県和光市在住 50歳代

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2011年1月下旬、普段あまり息子に頼みごとをしない母(59歳)から風邪を引いたので何か飲み物を買ってきてくれと携帯に電話がありました。家に帰ると、布団の中で具合が悪そうにしている母を見ると青白い顔で、若干顔がむくんでいて酷く具合が悪そうでした。医者にはいったようで、風邪で胃腸がやられていて下痢が酷いせいで少し脱水症状があるので水分を取るように言われたとのことでした。母は医師のいうことを信じひたすら水を飲んでいました。仕事から帰り翌日の朝、母の様子を見て私は「普通じゃない!」と感じました。母の顔の“むくみ”はさらに酷くなり、手が恐ろしく“冷たい”状態でした。びっくりした私は、このまま母を置いてはいけないと思い、午前中仕事を休んで車に母を乗せ再度病院へ直行しました。

 

不調と病気からの回復

 

1.子宮頸ガンからの回復 群馬県北群馬郡 吉岡町在住 Hさん

匿名希望  Hさん30歳代  公務員 群馬県北群馬郡吉岡

いつも明るく前向きで、誰にでも話を合わせて笑顔で接し、頼まれた仕事はプラスαを加え、休みなしでも徹夜をしてでも責任を持って完璧に仕上げ・・・。バリバリと仕事をこなす積極的な自分を気に入っていた私でしたが、体力を過信して能力を超える生活を身体に強いていたのでしょう。このまま行けばいつか病気になると心の底で予感していましたが、体からの悲鳴がとうとう現実の通知となって届いてしまいました。
平成21年12月21日の朝、職場のデスクで私宛に届いたH病院からの健康診断結果を開けたら「精密検査を必要とします」、E判定2件、C判定3件、B判定1件と書いてありました。何これ?これが今の私の身体?これってボロボロじゃん!検診の結果、膵脳胞の疑い、婦人科細胞診クラスⅢb、萎縮性表層性胃炎、肝内石灰化像の疑い、子宮頸部びらん、尿潜血反応が明らかになったのです。私はこれまで特に入院するような大病をしたことはなく、健康に生んでくれた両親に感謝と思って過ごしてきました。しかし、社会人になってからは、複数の仕事と子育てと家族の病気やトラブル等々で、心にも体にもほとんど余裕のないストレスフルな毎日を過ごしていました。これに加え、一年前に車の追突事故に遭い、首から腰にかけてのむち打ち症状と相手方の保険会社とのトラブルに悩まされていました。多重のストレス解消法は、帰宅後の大量の料理作りと飲酒でした。そんな私がこの体からの通知を境に、生まれて初めて自分の体、そして命と真剣に向き合うことになりました。
すぐに要精密検査(=E判定)の膵脳胞と婦人科細胞診クラスⅢbについて、インターネットや本で調べてみましたが、調べれば調べるほど死への不安や恐怖にかきたてられました。病気になってしまった自分を責めては泣き、夫に当たり気持ちはどん底。出かけたり買い物したりする気力も失せ、眠りも浅く寝汗をかいたり自分のお葬式の夢を見たり。食事も満足にのどを通らなくなってしまいました。
翌年のお正月休み明けすぐにG大学病院で精密検査を受けました。びっくりしたのは同一人物の身体なのに、消化器科(膵脳胞)と婦人科では血液検査、CT検査など互いのデーターには目もくれず、食生活やストレスとの因果関係などは話にも取り合ってもらえず、ただそれぞれの部分的な症状をみる診療だったこと。全体、全身から看るホリステックな医療なんて店違いという雰囲気でした。特に婦人科では医師の淡々とした事務的な話しぶりに打ちひしがれました。細胞診の結果は子宮頸部上皮内癌でしたが、いきなり子宮全摘手術の話になり、しかも手術は複数いる医師の誰になるかは直前まで分からないと言われました。思いがけない手術の話、しかも担当医もはっきりとしない大病院の現実に、私は岩で頭を殴られ麻痺してしまったような感覚になりました。自然治癒を期待して経過観察したいと申し出ると、「これは死に至る病。自然軽癒の可能性は20~30%だが70%は進行する。手術する、しないはあなたが決めることですが、危険性について分かっていますか。」と表情も変えずに問い返されました。その場では対面のなりゆきもあって、手術の予約を3月下旬に入れましたが、私はこのままここにお世話になっていたらもっと病気になってしまう、3月までに何とか自然治癒の方向に向くよう、自分の体に責任を持って、色んなことを試していこうと決意しました。
実は私は大学生の頃、手術が必要と医者にいわれるほどの酷い扁桃炎を、たった二回の鍼灸&整体で治したことがありました。当時大学の指導教員から過酷な研究生活を要求され、それに真面目に応え、体にむち打って取り組んでいたために発生したストレスと体の歪みが原因でした。その時に少しの間でしたが研究から離れ、時間に余裕のある生活に切り替え、鍼灸整体で身体の歪みを整えていったら、扁桃炎は切除することなく自然治癒していきました。以後は一度も炎症を起こしたことがありません。だから今回もきっと大丈夫。今の限界生活を思い切って変え、ボロボロにしてしまった体を以前よりもっと健康でピカピカな身体にしてあげよう。私は自分をごまかさず、私が本当にやりたかったことだけをやっていこう。そう強く決意しました。たまたま書店で目に飛び込んできた安保徹先生他の著作にも勇気をもらいました。それからの私は、療養時間を確保するため常勤職を思い切って退職し、玄米菜食料理、鍼灸整体治療や血液検査をもとにしたサプリメント治療、ホメオパシー療法、アントロポゾフィー治療、岩盤浴等々、自分に向かってくるご縁をどんどん取り入れていきました。

この呼吸法(気功)研究会は2月中旬、明日から病気休暇という前の日にネット検索をしていて知りました。ここ数年の運動不足と息の浅さをとても気になっていたので、それも体改善にいいだろうと考え、近くに通える呼吸法のクラスがないかと探していたら、すぐにヒットしました。会場は県立武道館。自宅からも近く、仕事でも長年使っていた思い出深い場所でした。これも大きなご縁だと思った私はすぐに廣川先生にお電話しました。状態を話すと先生は「大丈夫!ガンは回復の出来る病気だよ。もう心配するのはやめなさい。明日にでもお稽古にいらっしゃい。」と明るく言ってくれました。暗い道を手探りで歩いていた私に、先生の言葉は光のようでした。はやる気持ちで翌日お稽古場に向かうと、様々な年齢の方が気持ちよさそうに体を動かしていました。自分を感じながら伸び伸びと深く呼吸をして、心まで開放しているように動いていました。それを見て私も動きたくてたまらなくなり、「私もこんな風に自由になれる体が欲しい!」と思いました。それからというもの、週2日くらいのペースでお稽古に通い、3月から外気療法も同時に始めました。
廣川先生は、「病気にならないためには簡単。口呼吸をやめる。体を温める。毎日足芯呼吸をする。ゆったりとすごす。そして、気生命エネルギー。たったこれだけ。」と教えてくれました。ついつい今までの“頭人間”に支配されそうになる私ですが、細胞一つ一つが輝く“体人間”の重要さを思い出させてくれるのがお稽古の時間です。会員の皆さんはいつも温かく迎えてくれます。中には私のように病を改善するために通っている方もいらっしゃいます。お稽古場に流れる真摯でピュアな気の流れが私のエネルギーとなっていきます。
お稽古と外気療法を始めてまもなく、右足から足裏にかけてポワン、ポワンと熱が流れるような不思議な感覚がありました。また、いきなり高熱がでたり、だるくて起きられなかったり、わけもなく感情的になったりする日がありました。廣川先生によると、それは体の中のストレス(マイナスエネルギー)が体の外にでているゆえの症状なのだそうです。4月頃からゆったりとした気分を感じる日が増え、体も軽く温かく、顔色もつやつやになってきました。5月に受けた婦人科細胞診では悲願のクラスⅡになりました。

気功研究会に入ってまだ4ヶ月ですが、こんな短期間なのに体が変わり、必要な出会いや情報もどんどん飛び込んできて驚いています。昨年末までの私が別人のよう。何より私は今までになく素直に生きていると感じています。廣川先生は「それが本来の命の運び。命の運びとはすなわち運命のこと。」と言うでしょう。自分の人生(命)に責任を持って生きる(運ぶ)。その心を教え、鍛えてくれる大切な場が、私にとっての気功研究会です。もっとピカピカになります。この先が楽しみです。

 

2.再発のリンパガンからの回復 Iさん 20歳代看護師 茨城県結城市在住

不調と病気からの回復

私の仕事は看護師です。それも、病院の内科に勤務しています。病院では、若い、多くの方々が、比較的元気なお体で入院され、半年~1年足らずでガンの治療の最中に、本人の痛々しい努力や周囲の努力むなしく、短い生涯を終えられるケースを毎週のように見て、ガンは恐い病気だ。と思っていました。しかし、ガンへのアプローチが病気の原因に根ざしたものであれば、決して、恐くはない事が、今回の私自身のガンとの闘いで、わかりました。ガンが治り、命が延びた今、このことだけでは、感謝の気持ちにもならないと思い、私が、今まで、病気を回復させて、元気な体を取り戻す方法として、視野に全く入っていなかった「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)で、「リンパガンが治った。」ことを約、半年強の時間で、大変明確な、結果として、経験する事が出来ました。私自身の中に留めておくだけでは、大変、勿体ない貴重な経験だと、感じましたので、呼吸法気功研究会の廣川先生にお世話になりながら、大事だと思われたことは、先生にインタビューさせていただき、経験をまとめてみました。よろしかったら、今、ガンで苦しんでいる方、ご参考になさってください。今回の病気の症状の始まりは、平成20年、正月、手足と胸に強力な痛みを感じ、T大学病院に入院したことから始まります。様々な処置をしましたが、回復どころか、痛みは強くなる一方、全く、うなされ、眠れない日々が続く、そんな時、母がホームページを見て、廣川先生に連絡、1回の施術で、痛みがほぼ消え、安眠が出来るように。ほとんど、出来なくなった歩行も一週間で出来るように。そして、退院の時の検査でリンパガンが見つかり、そのまま、しばらく入院、動けない時は、病院ベッドから、動ける時は、ロビーから、あるいは、自宅に居る時は、自宅から、携帯電話を通じての遠隔外気療法(遠隔気功療法)を週3回実施し、抗ガン剤と併用し、1クール約、半年の間に、ガンの反応は無くなる。抗ガン剤投与により、少なくなるはずの、白血球の数値も、投与直後にいったん、下がるが、すぐに回復し、増えてゆく。1クールの終わり頃、10.000を超え、一般の健康人、以上の数値に。
私は平成20年の正月に体調を崩しました。初めは胸と手が痛く苦しくなり、次第に、足が痛くなり、歩行もままならなくなってしまいました。T大学病院に入院し、痛みは良くなるかな?と期待をしていましたが、色々な処置を試みましたが、日を追うごとに、痛みは強く、体に響くようになって、痛みの数値もどんどん強くなって、夜も眠れなくなってしまいました。トイレに行く時の歩行は、お年寄りの様な歩きになってしまい、入院時、1分かからずに行けたトイレが2~3分かけないと行けなくなり、歩けなくなるのではないか?と心配になりました。そんな、私を見かねて、母は「このままではいけない、なんとかしなければ!」と思ったそうです。ホームページを調べ、「呼吸法気功研究会の廣川先生」に私のこの訳のわからない痛みとの闘いに、終止符を打つことが出来ないものか?とお願いのお電話をさせていただいた。」とのことです。
私は呼吸法気功のことは今まで触れたことのない世界なので、こんな、離れたところで、電話を通じて、体がどうこうなるということは、信じられませんでしたが、「とにかく、この痛みをなんとかしてくれるものがあれば、何にでもすがりたい心境でした。」そして、先生と連絡が付いた、その日から、施術は始まりました。とりあえず、「1日置おきに施術を繰り返し、様子を見ましょう。」と言うことで施術がスタートしたそうです。
そして、第一回目の施術開始、丹田に気生命エネルギーを送って頂き始めて少ししたら、胸の痛みが楽になり、手から痛みが出ていくような感じがしました。そうしたら、すぐに、眠気が私を襲ってきました。その後は睡眠の為、何も覚えていません。「たた、暖かいものに包まれて、安心している事を感じていた。」そして、20時間くらい、ただ、眠っていたそうです。目が覚めたら、手足の痛みはほとんどなく、手足のむくみ、と少しの痛みの残りを感じていました。そして、思いました。なんだったんだろう?あの痛みは?目が覚めてから、トイレにもスムーズのいけるようになり、ました。「気ってすごい!!」と思いました。わずか、数分で眠り始めた私を見て、母は安心と共に、「ありがたい、ありがとう。」を繰り返し、ただ、ただ、涙が出てとまらなかったそうです。
胸と手足の痛みとの闘いは、一週間程で終わりました。そして、退院の前の検査の時、「胸に陰があるので、検査の必要あり。」と言われ、検査をしたら、リンパにガンがあることが、わかりました。2年前、私は、子宮ガンをやっていたので、再発のリンパガンです。胸や、手足の痛みはこの、リンパガンから来ていたようです。
そして、母がこのことを廣川先生にご相談に、ガンの再発がわかった翌日、群馬にお邪魔したとのこと。そして、廣川先生は、母に一言、「ガンは正しく対処すれば必ず治る病気です。この会では沢山の人がガンから回復をしています。それをやりましょう。」といわれたそうです。病気が治ってから、母に聞いた話ですが、以前のガンの担当医からは、「このパターンのガンの生存率は10パーセントより、ズット小さいと言われ、さらに、このリンパガンの位置は、幾つかの臓器や血管が近くに有るため、手術は難しい。」と言われ、気落ちしていたところに、「正しく対処すれば治る病気。」確信に満ちた言葉を聞けたため、また、涙が出て、止まらなかったそうです。先生、泣きべその母で大変、失礼しました。正しい対処とは、母から何度も、何度も聞かされましたので、覚えてしまいました。1.悪い呼吸(口呼吸)からの決別。(目覚めてる時ばかりでなく、眠っている時も、口呼吸をしないこと。身体にばい菌は入れない。体に入ったばい菌は免疫を中心にした体内環境を乱す。)2.体にはエネルギーを十分与え続けること。(生命エネルギーを身体に。たべもの、気分を含め、明るい、楽しい環境づくり等、)3.体は、冷やさないで、あたためること。を言われたそうで、私は寝て居るときに口を開けていたり、イビキをかいたとき、口呼吸をしていたり、母は私の口呼吸が気になっていたそうで、これを機に口呼吸を止めさせる決意をしたそうです。それと、新潟大学の安保先生の著書「免疫学問答」を「ガンに関しては、エネルギーの事は、解っていないし、書かれていないけど、エネルギーのこと以外は、この本の内容でいいと思う。」と廣川先生に、1冊いただいて、理論武装したそうです。
そして、リンパガンを対象にした施術が始まりました。胸の痛みの入院で、二週間近く、ほとんど、眠れない日々が続いた直後なので「、基本は1日おきに1回一時間程度。の施術をしながら、新しい展開があったら、その都度対処してゆく。」ということでした。この頃、施術の時、何かを感じるということはとりわけ、ありませんでした。ただ、施術が終わった頃、体が、少し、暖かくなり、なんだか、落ち着いた気分になりました。
施術は母が群馬から帰って来た、その日から、無理をいって、開始をお願いしました。そして、母と私の夫の家族の間では、私の病気の病院での、治療方針について、話し合われたそうですが、「抗ガン剤治療をまた、やることになった。」と、寂しそうに聞かされました。私は、前回の子宮ガンの時、も抗ガン剤の治療は経験しているので、「しょうがないな。」と思いました。母の考えは、「抗ガン剤は使いたくない。」と言う考えでしたので、両家の考えの間を取って、「出来るだけ、抗ガン剤の治療までの時間を延ばし、治療開始を決める前にガンの様子を検査して、どうしても必要ならば、投薬治療をする。」ということで、両家の話し合いはつきました。
このことを廣川先生にお話しすると、「身体が元気になり始める頃、ガンは大きくなったり、転移があったり、しますよ。」と言われました。先生から、いただいた「免疫学問答」にも、そのように書かれていました。どうしてなのか?と先生に母がお訪ねしたら、
「身体の細胞には身体のネットワークがあって、ガン細胞をやっつけるには、ガン細胞を食べる、白血球のグループの正常な活動が必要です。ガンを食べて処理する細胞達は、いきなり、気を照射してもストレートに元気になる訳ではありません。というのは、白血球の仲間は、腸管内臓系の活性により、元気になったり、元気が無くなったりします。腸管内臓系の動きと連動していることが、解っています。そして、腸管内臓系を元気にするには、病気を育ててしまう、交感神経の緊張した、体から、副交感神経の活性化した体にならなくてはなりません。その為には、気生命エネルギーがその副交感神経の活性化を実行する役割をします。」このことは、気生命エネルギーを照射すると、少しずつ、交感神経の緊張は沈静化してゆきます。そうすると、身体の活性は、だんだん高まってゆきます。全ての細胞は生命エネルギーによって生かされています。身体の活性が高まり元気になるということは、ミトコンドリアのエネルギー産生能力が高まるということです。ガン細胞も生命体として、他の細胞同様、ミトコンドリアの生み出す生命エネルギーによって、生きて、活動をしています。生命エネルギーを照射して、身体の細胞が元気に成るとガン細胞も一緒に活性化して、増殖を始めます。ですから、身体が元気になり始めたときに、身体内のガン細胞も、大きくなったり、転移をしたりします。
しかし、身体のメカニズムはこのまま、終わるわけではありません。「身体の目的は、生きることです。」これからが、大事なこと。交感神経の緊張が解けて来ると、それに連動して、身体の免疫細胞が、活性化してきます。当然、免疫細胞である「白血球」も活性を取り戻し、本来の仕事を再開します。白血球の仲間の共同作業により、ガン細胞は包囲され、消化、吸収の対象となり、ガン細胞は退縮を余儀なくされます。その時、免疫細胞である白血球を活性化するために体は何度か発熱をして、その、ミトコンドリアを活性化して、ガン細胞に対処します。そして、このガン細胞をやっつけるスピードは白血球の活性です。白血球の活性を高めるのは、先ず、腸管内臓系に生命エネルギーである気を沢山、与えて、交感神経の緊張を解くこと。これも、継続して、行い続ける事。そうすると、免疫細胞である、白血球が元気に活性化する準備が出来る。そして、白血球達にどんどん生命エネルギーである気を照射してゆくと、本来の仕事、本来の自己(体の自分)でないガン細胞達をやっつけてくれる。ということです。そして、ガン細胞が体が元気になり始める頃、大きくなるのは身体の細胞と連動していることをご理解いただいたと思います。そして、ガン細胞が小さくなるのは、腸管内臓系が活性化して、それに、連動した白血球が元気になり、ガンを攻撃するのに時間差が生じるため、ややこしい、この様な、ことが起きる。とのことです。
そして、施術を実行しながら、約、一ヶ月が経った頃、投薬をするかどうかの、検査をしました。体は大部元気になって、施術で、普段は眠いため、言えでは、横になっていました。肩や胸の痛みが時々出ましたが、施術ですぐ、おさまってしまいます。あと、手足が、よく、冷たく感じる様のなったのも、この頃でした。この、冷たさは、どんな、意味があるのか?この頃、先生に聞いてみました。そうしたら、この様に答えていただきました。「手、足はエネルギーの出入り口です。足の冷たさは、主に、腰から来るもので、腰回りの(ストレス)マイナスエネルギーが足から、出て行く為、身体に蓄積されたストレスはプラスのエネルギーでないため冷たく感じたり、します。手に出てくる冷たさは、胸回り、に蓄積されたストレス(マイナスエネルギー)で、手を通じて、身体の外に、放出される時、冷たく感じます。」とのことでした。あと、ガンの施術を開始して一週間位、経った頃。二回かなり高い熱が出て、大体、39度C近い熱がでました。これは、安保先生の本によると、身体内の細菌との闘いを有利に導く為の体全体のアクションではないか?と書かれていましたので、廣川先生のうかがったところ、「口呼吸で食べたばい菌をやっつけているんじゃない?」といわれました。私は、医療にたずさわる、仕事をしているのに、教科書にないことだから、口からばい菌を体に取り入れる呼吸をしていた自分が恥ずかしくおもいました。検査の結果は、やはり、「ガンは大きくなっていました。」私と母としては、「予定通り、大きくなった。」でしたが、「主人の家族はおおきくなってしまった。」とショックの様子、安保先生の本を渡してもよんでくれません。投薬に対する方針を決めたとき「ガンはおおきくなる。」ことを、理解させておけばよかったのに!自分の事で、一杯で、主人の両親のことなんてわすれてしまっていました。でも、後手に廻ると、いろいろなことが、うまく行きません。結局、主人の両親に泣かれて、結局、私は「抗ガン剤の投薬はする。」ことになってしまいました。私と母は「今回のリンパガンの治療には手術、抗ガン剤、放射線の三大療法は使いたくなかったのですが・・・。」
もう一つ、ガンを対象にした施術を開始して、一ヶ月は、少しずつ体が元気になってゆく感じがしましたが、抗ガン剤の投薬を開始して、二回目の投薬が始まる頃、施術をしても、体が実感する事ができなくて、月に一度の抗ガン剤の投薬前の検査の頃、何故か?あせりの様なものが出てきました。先生は、「抗ガン剤自体が、細胞の活性をうばうものだから、身体の回復も、ゆっくりになるのは、しょうがないね。」と言われそれもそうだ!と納得しました。
その間も施術は、隔日でリズミカルに続きました。体が抗ガン剤の投薬を受ける前日の施術時のこと、先生が「抗ガン剤は危ないと言いだされたのです。」投薬はするの決まっていたのにどうして?でも、理由は投薬時に解りました。抗ガン剤の投薬時に、二種類の投薬のうち、片方の薬が体に合わず、アレルギー反応を起こし、苦しく感じて、担当医に「苦しい」と伝えた時には、かなり、ぐったりしていました。抗ガン剤によるアレルギーでした。母にすぐに行動してもらい、すぐに、処置を担当医にしてもらいましたが、翌一日病院のベッド過ごすことになりました。施術のとき、廣川先生にこの事をお話すると、「やっぱり、一悶着あったか?!」と言われ、「私が訳の解らないことを言ったときは、要注意ですよ。」と言って笑っていたのが印象的でした。
抗ガン剤の投薬、三回目の頃から、白血球の数値がどんどん高くなってゆきました。ワンクール6回の投薬でしたが、その後、どんどん増えて行き、6回が終わる頃には、10.000を超え、「一般の健康人よりいい数値ですね。」となぜか嬉しそうな担当医でしたが、変なの!白血球の再生と活性化は抗ガン剤はマイナスの働きこそすれ、プラスの働きはないのに!と滑稽な担当医の様子でした。この頃から施術のとき、気生命エネルギーの感触を感じる身体部位とほとんど感じない身体部位のあることを、感じるようになっていました。
しかし、残念なことに、検査でいつも一緒だった、知り合いの女の子が、肝臓ガンが進み、面会謝絶になってしまったことを友人からの話で知りました。こんど合ったら、この廣川先生の気功療法のことを話そうと思っていたのに!そして、間もなく彼女は、他界してしまったと聞きました。悔やんでなりません。
そして、ワンクールの抗ガン剤の投薬を終えた頃には、血液検査やCTの検査、PETの検査全て、OKをいただき、それから、3ヶ月は週二回の施術を、そして、その2ヶ月後まで、週一度の施術と呼吸法を毎日、呼吸法はこの頃から、毎日の日課になっています。
母が、私のガンが発見された頃、廣川先生の「原因に根ざして対処すれば、ガンは治る病気」と言われたことが、いま、改めて思い浮かびますが、呼吸法気功研究会の呼吸法気功療法は、行動的なアプローチでガンの原因から、それを是正し、身体に蓄積したストレス(マイナスエネルギー)を気生命エネルギーよって細胞レベルから放出させ、本来の、健康な身体を取り戻すことのできる、メソッド(方法論)である事を実感させて、いただきました。「本当に、本当にありがとうございました。」生存率は10パーセントより少ないと言われた、リンパガンから、元気に回復してきました。今、生きている事が本当に、新鮮に感じて、います。もう一度、生まれ変わったつもりで毎日にむかって行きます。

 

3.胃がんを切ることなく回復!?Hさん 石川県 輪島市在住

不調と病気からの回復

長男が、東京の大学へ、長女が受験を控え、胃ガンを発病、医師より、胃の摘出80パーセントを勧められる。知り合いで、同様の手術後、仕事が出来なくなってしまったひとの事が気になり、今は、まずいと悩む。知人に相談、廣川が呼吸法気功をやっていると聞く。サイトを検索し、連絡、遠隔外気療法を試みる、三ヶ月経った頃の検査で、炎症反応が弱くなり、4ヶ月目でほぼ消える。白血球が、健康体の数値と並び、5ヶ月目からは、上回る。身体の休養には気を遣い、職場や家庭で、周囲の協力を、得ながら管理職の仕事を続けながら、手術をせず、に胃ガンから回復。 「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)
三年くらい前から、手足のシビレを感じる様になる。手のシビレが強くなり、痛みになり始めた頃、時々、吐き気を経験する様に。人間ドックで「胃ガンの可能性あり、要検査」と言われ、その後、胃ガンと確定、何で今なんだ!と悩む。というのは、この春から長男が、東京の大学へ、来年は、長女も受験を控えており、我が家の家計は、ずっしり、私の肩にかかっていただけでなく、家内も、パートをもう一つ増やし、この時期を切り抜けようとしていた矢先のことでしたから。3年くらい前から、手、足のシビレを感じる様になっていました。それが、痛みに変わり始めた頃の、人間ドックで「胃ガンの可能性あり、要、検査。」と言われ、その後、胃ガンと確定、頭の中は、永い間、水泳をやって来たので、健康には、自信があったはずなのに・・・。そして、間もなく、医師より、胃を80パーセント摘出することをすすめられる。なぜ今なんだ!と途方に暮れる。と言うのは、少し前、私の会社の管理職が、同じ胃ガンで、胃を摘出する手術後、身体が大変弱くなり、仕事が出来なくなり、退職したばかり、でしたから・・・。自分とその方、が重なって、ショックが大きくなった様です。県内で水泳の友人で、医師をしている知人に相談したところ、かつて、水泳の強化コーチをしていた廣川コーチが、この十年と少し前から、西野流呼吸法を始め西野先生から何年もぶっ倒れるまでの稽古をつけて、もらっていたそうで、今は、強力な気を習得し、群馬で呼吸法気功教室を主宰していると聞きました。家に戻ってホームページを検索すると、気功は身体にいいらしい。と言うこと以外、何だか、訳のわからない、世界があるらしい、と言うこと以外何も理解できなかったのですが、体験集を読むと、一人一人の人が、伸び伸びと自分のことを語っていたので、吸い込まれる様に読んでしまいました。色々な病気が治るんだ!とにかく相談してみよう!!いつの間にか、何のためらいのない気持ちになっていました。
私にとって、廣川先生は、北陸の水泳界に彗星の様に現れて、そのまま自分の行きたい所に向かって行ってしまった。まだ、見たことのないタイプの水泳人でした。私の住む輪島市は、山中毅以来の水泳日本の復活をテーマにした県下でも、水泳の盛んな町でした。温水プールがなかったので、石川県記録は輪島の子供達は金沢の子供達ほどはなかったのですが、廣川コーチが登場して、半年と少しの時間で、能登記録が20種目以上塗り替えられる。その、一年後には100に近い、ほとんどの種目の記録の大幅な更新をしてしまう。さらに、廣川コーチの20人近い全ての選手が中部ジュニア選手権の標準記録を突破して名古屋の瑞穂のプールでの大会にわずか、1年半で出場してしまう。あの大会は応援が100人前後居て「場内アナウンスが、聞こえないから静かにするように!」と指導されていましたね。あんな、光景、私の水泳人生のなかで、始めてでした。そして、当時、4年はかかると言われていた全国レベルの選手づくりをわずか、3年で、してしまうなど、活躍の様子を見て、「敵ながら、あっぱれ!」いつの間にか、初めの頃の敵対心は、尊敬の気持ちに変わっていったんですよ。輪島の子供が、「ビッグななお」の選手に勝てなくても、叱る気に、ならなくなってしまった。そのくらい、廣川コーチのチーム選手達は、腹がすわって、ひたむきさが、にじみ出た、いいチームでしたね。
そんな、水泳コーチ時代の仕事の様子を知っていたので、きっと、頼りになって、力になってくれそうなので、「お願いしたい」と素直な、子供の様な気持ちになれました。そして、すぐ、解決したかったので、お電話をしました。「ガンは治る病気です、検査や治療は医師の先生と相談しながらおこなってください。しかし、大事なことは、人任せにしては、いけません。」と言われ、大事なことを人任せにしていたから、今、こんなに怖い思いを、しなくてはならなくなった事を、思いしらされました。施術は1週に三回40分、時間を決めて行う。毎日、呼吸法気功の「基本動作」華松、を15分前後と全身呼吸を最低、30回(50分)、もっと出来る日はもっと行う。ことを言われました。
群馬の前橋から、石川県の能登半島の先端に近い、輪島どう考えても、400kmの距離、大丈夫か?という気持ちが先ず、よぎり、先生に質問したら、「まず、実施しながら、考えましょう。」との答え。とにかく、信頼するしかない!と思いました。
そして、第一回目の施術。「身体を慣らす為、2~3回の施術は、時間を少なめに行います。」と言われ、少し不安になりましたが、施術に入ってからは、驚きの連続でした。400kmのかなたに、居るのに、身体の痛いところがどこか?不調なところは・・・。次々に、ここに居るような様子で、言い当てる。近くに居ても解らないことが、どうして、こんな遠くで、解るんだろう?距離の不安感は、初めの2~3分でなくなって、しまいました。そして、初めての20分と少々の施術が終わったら、眠くて、眠くて、たまりませんでした。「そして、手足のシビレが痛みに変わる可能性があるので、痛くて我慢出来ない時は、お電話下さい。遠隔の気功療法で、痛みは、弱くすることは出来ますから、あと、胸の心臓のあたりのマイナスエネルギー(ストレス)の放出がありますので、不整脈がでるかもしれません。辛かったら、同じように携帯までお電話ください。費用はいただきません。」と言われ、電話を切った。でも、400kmの彼方からなぜ?人間の感性は、こんなに高められるものなのか?すごい!!となぜ??が同居して、第1回目の施術は終わった。
そして、翌日、目が覚めると、左足が冷たく、痛い。それと、左手がやはり、痛い、それと、心臓のあたりが、重く感じる。電話だ!すぐに先生の携帯に電話をした。「やはり、出ましたね。まず、手からゆきましょう。ゆったりと、痛いところを意識して。」と言われ、少しするとこわばりは、少し残ったが痛みはきえた。「あと、心臓でしょう?」と先に言われた。なんで??と思っているうちに、心臓が楽に成って不整脈が整ってきた。この、翌日の朝の事(遠隔気功療法)で、距離に関する施術の不安は100パーセント解消してしまった。その後に「痛みや、治癒反応(好転反応)の説明を受け、この、痛みは必要な痛みなのだ!と理解する事が出来、「後は、私自身がやる、毎日の呼吸法を実践するだけだ!」と迷いなく、新鮮に思えた。
全身呼吸、こんなの簡単に出来るさ!と思って居たが、実際、やってみると、体がしんどくなる。10回で何とも言えない、気持ちの悪さが身体をおおう。しんどさを感じる。一気に30回行こうと思ったが、とても、やる気にならなくなってしまう。横になって、一服しながら、これって効きそう!とも、感じたが、しんどかった。30回をスタートして10日位は、3セットに分けて行った。10日を過ぎる頃から、20回プラス10回、20日した頃から30回が苦痛ではなくなった。そして、手足が温かくなったり、だんだん、気分が、この呼吸法を行うと、スッキリするようになり、好きになった。そして、「出来れば、多い方がいい。」と先生から、言われたので、もっと全身呼吸の回数を増やそうと、今まで30回、華松も含めて、約1時間の全身呼吸を50回、約一時間半、に増やした。
二か月を超える頃まで、手足のシビレと、足の冷たさ、特に。足の冷たさが、強く感じ不快だった。施術の時、先生に相談すると、「その、冷たさは、胃の病気の元となるストレス(マイナスエネルギー)や、腰、周辺のエネルギーバランスをとる為の、身体が行う、治癒反応(好転反応)です。これが、弱く成ると、ガンも力がなくなりますよ。身体は温める様に。」と言われ、少し、心配して、心が曇って居た自分が、目を覚ました感じに成りました。そして、それから、身体全体は、明らかに、1回、1回、の施術の度に元気さが、増すのを感じ、始めていた。
そして、この、胃ガンとの闘い、で一番大きな、自分との闘いを必要とする、「事件」が起きた。廣川先生からは、「身体が、元気になるころ、ガン細胞が、小さくなるのではなく、大きく成ることがある。」と聞いていた。「そんな、こともあるのか?」程度に聞いていた自分が、試された。2ヶ月目の病院での検査の報告で、「ガンが大分、大きくなっている。すぐ、手術すべきだ。」と医師に宣告された。一番、私の聞きたくない言葉を聞いてしまった。「少し、考えさせてください。」とその場はそれで、終わった。そして、心配になり、すぐに、廣川先生のところに、電話をした。先生は「生命エネルギーが増えると、体内の細胞を初めとする生物の共通の生命エネルギーが増えることにもなる。ガン細胞も細胞だから、ATPを初めとする生命エネルギーが、共通のエネルギー源になる。だから、こんな、現象が起きる。免疫細胞も、一緒に、元気になっているはずだから、もう少し、様子を見ながら、行きましょう。」少し、気持ちが落ち着いた。そして、翌日、廣川先生から、新潟大学の安保先生の「免疫学問答」という著書を送って頂き、このことのついて、別の視点から、私が、納得出来る内容で、易しく、書かれていたので、これを信じて、通り過ぎて行こうと、腹が固まり、担当医を説得した。担当医の先生は言葉に詰まっていた。
そして、その、二日後、胸が苦しくなり、仕事を早退した。帰宅すると、何だか悔しい様な、悲しいような、気分になった。居間のソファーに横になると、涙が出たかと思うと、大声で、訳もないのに、泣き出してしまった。なんで泣いて居るのか?泣いている自分が、解らなかったが、ただ,ただ泣いたら、身体がスッキリした。そして、この一ヶ月後の検査で、ガンの炎症反応は、弱くなり、さらに、一ヶ月後には、炎症反応は、ほとんど、出なくなった。この頃、白血球の数字は、一般の私の年齢のレベルまで回復していた。その、一ヶ月後、施術を開始して、5ヶ月目には、白血球数は、9、700になり、ガン患者のくせに、一般に健康人の平均を上回っていた。この頃、やっと、体の中に巣くってしまったエイリアンに、影響されない自分を感じはじめていた。
そして、遠隔気功療法(遠隔外気療法)をスタートして、もうすぐ5ヶ月に成る頃、あの、「手術をしましょう。」と言った、担当医の先生の口から、「Hさん、あなたの病気の経過は大変、いい状態です、検査は毎月でなく、一月おきにしましょう。」と心待ちにしていた言葉を聞く事が出来、「これからは、自分を過信せず、ストレスにも、気をつけた、生活をして行こう」と心から感じました。」そして、この事を、廣川先生にすぐに報告しました。先生の「良かった、本当に良かったね。」という声を聞きながら、また、涙と、鼻水と、何とも言えない、情けなさ、と安心が一緒になって、ただ、ただ泣いてしまいました。その後、同じ頻度でガンに成った体の体質改善に遠隔外気療法の、施術の目的を変え、(1週間に三度の施術)を二ヶ月実施し、呼吸法気功療法の遠隔気功の施術は終了しました。この、2ヶ月の施術は、だんだん身体から、力がみなぎってくる感触で、遠隔気功療法の施術を楽しみに毎日を送っていました。
でも、本当に不思議です。今から、20年と少し前、私と同じ水泳の世界をこよなく、愛していた敵チームの廣川コーチ(チームの子供達の迷いのない、上つかない真剣さでそれを、感じていました。)が今、私の「生きること」にここまで、強力に影響をおよぼして、いただく事になるとは・・・。そして、こんな世界があったとは・・・。本当に驚いています。こんな、ご縁をいただいた、私は、幸せものです。在り来りですが、「廣川先生本当に、ありがとうございます。」先生が、いつも、言われていた「世界は生きている自分があって始めて、始まる。世界は今、生きている自分から!」が視野に入っている生き方が出来る様、遠距離のため、呼吸法気功教室には通えませんが、呼吸法気功の稽古はしっかり、続けます。

 

4.悪性末期卵巣がんからの回復!?
 Tさん 30歳代 群馬県高崎市在住ケアマネージャー

不調と病気からの回復

悪性の末期卵巣ガンが消える。大泣きする度に、すがすがしい気持ちと身体に元気が・・・。「呼吸法気功教室」「外気療法」
なぜ、この呼吸法気功教室で稽古を始めようと思ったか?初めて見てどのような変化があったか?これを機会に考えてみようと思います。呼吸法気功教室に通い始めた直接のキッカケは病気になったことでした。昨年9月に、卵巣ガンの手術をしました。その後の病理検査で、ガンの種類が進行の早い、良くないタイプなので、1月に再手術をしましょうということになりました。すぐ、抗ガン剤の治療が始まり、あまり深く考えることなく、受け入れました。しかし、抗ガンの副作用が、とてもきつくて、こんな事、続けていたら、病気になっちゃう(本当に病気だったんですけれども。)と思い、結局、途中で中止することになりました。1月の手術もやめることにしました。医師はずいぶん手術を勧めてくれましたが、最後には、私の意見を、尊重してくれました。それが昨年の12月のことです。家に帰ってきて、なにか体にいいことを始めようと思っているとき、ちょうど広告に呼吸法気功教室が載っていました。1月から高崎で始まるとのことで申し込みました。
初めて呼吸法気功教室で稽古をしたときの印象は・・・?とにかく、冬で暖房がなかったので、寒くて寒くて、というのが一番心に残っています。その中で先生は、とても楽しそうに華松をしていて、私は「そんなことしていて楽しいのかしら?」と思いつつ一緒に華松をしていました。なんだかわからないというのが、最初の思いだったと思います。でも、先生が稽古の始めや、終わりにしてくれる話は不思議とよくわかる事が多く、呼吸法気功教室で、稽古を少し長く続けてみようと、考えていました。変わってきたと思ったのは、1月の末に部屋に一人で居たとき、なんだか涙が出て、大泣きしたときです。別に悲しいわけではなくて、体も温かくなってきて、涙が出ました。その時、「私、これからも生きていける。」と感じられました。医師には、今度、再発したら、治ることはないと言われていた。(ほぼ間違いなく再発しますと念を押され)(そんなこと念を押さなくてもいいと思いますけど)と思っていたので、私は生きる気は十分あったのですが、それでも、この先、生きてゆけるのか、時々、不安に思っていました。そんな思いが、涙になって外へ出ていってくれたのか?泣き終わった後、本当にすがすがしい気持ちでいっぱいでした。呼吸法気功教室の稽古場の方も、冬から春へ季節が移るに従って、だんだん暖かくなり、来ているメンバーも、私自身も暖かくなっていきました。1月の末に起こったことが、4月と8月にもありました。そのたび元気になって行くようです。<気>というものもはじめはよくわからなかったけれど、稽古を続けていくうちに、だんだん、感じられるようになりました。9月に長野の飯綱高原へ遊びに行ったとき、手が温かくしびれるようなかんじになりました。体がとても気持ちよくて、ここにいい<気>が、たくさんあるんだなと思いました。泊まっていたところのオーナーに話すと、「ここに来るとそういってくれる人が多いんですよ。この前もネイティブ・アメリカン人たちが来てとてもいい気があるからと儀式をしてくれたんですよ。」と教えてくれました。私自身も良い<気>を感じられる体になってきたようです。今年の9月で、術後1年たちました。良くここまで元気になったと家族は言います。すべて呼吸法(気功)おかげとは考えていませんが、大きな意味があったんだと思います。私は人生で起こることに偶然は無いと思っています。病気になったのも必然。この呼吸法気功教室と出会ったのも必然だったんです。そう考えると、私のガン細胞さえ、愛しいと思えるようになりました。これから先、私の心と体がどう変わって行くのかとても楽しみです。

 

5.子宮頚部細胞異形成からの回復!?
 Tさん 群馬県前橋市在住 小学校教頭 50歳代

不調と病気からの回復

呼吸法気功教室に通い始めて4年2ヶ月が経ちました。友人に誘われ、特に理由もなく呼吸法気功を始めました。その時は、自分自身に何か問題があるとか、困っているとかの自覚は全くありませんでした。でも、問題は大ありで、入会後、間もなくそれに直面する事になったのです。私の中には何十年分のストレス(マイナスエネルギー)が重くたまっていたのです、そのことが身体の変化を通して徐々に解ってゆきました。「呼吸法気功教室」「呼吸法気功療法」
呼吸法気功を始めて一ヶ月後、首が回らなくなりました。痛みと重苦しさはどんどんひどくなり、廣川先生に相談したら、「医者で治ることではない、自分でつくってきたものだから、自分のエネルギーを高めてストレス(マイナスエネルギー)を出してゆくしかない。」と言われました。又、呼吸法気功を始めてから一年後の人間ドックで「子宮頸部細胞異形成(ガンに移行する可能性のある細胞の変化)」と診断され、廣川先生に診ていただくと、かなり強くストレス(マイナスエネルギー)があるとのことでした。この頃は精神状態もかなり低下し、何も楽しく感じないし、外に出る気がしない、常に不安を抱いているような、まさに鬱状態でした。来し方を振り返れば、長い間、嫌なこと辛いことを一人で抱え込み、外に出さない生き方を続けていました。病気になるのも当然の私自身の有り様でした。でも、呼吸法気功を始めなければ、その事に気づくことも出来なかったと思います。私は自分の体が可哀想になりました。体はどんなに痛かった事かと思いました。私が病気になりかけたのは。呼吸法気功を始めたことによって、体が「嫌なことは嫌だ」と表現出来るようになったからだと思いました。それからは週に三回、稽古に通い、稽古の他に廣川先生に気生命エネルギーを送って頂きました。気を送って頂くと熱く、重い痛みを感じました。それからに一年間は身体がとても辛かったです。一日中身体が疲れ果てていて、息を吐く度に、両足から冷たいものが出てゆきました。なにか(メンタル)なストレスがあると、患部が痛みました。不安を感じながら、呼吸法気功の稽古は続けました。やがて身体はトータルでよくなって行きました。問題の細胞異形成は、三年間でほぼ心配のない状態になりました。今は身体の辛さはありません。又、私の場合は身体の変化より先に、気持ちの変化に気づきました。心のクッションが厚くなったような感じです。嫌なことを考えたり、胸にとどめておくことが減少してきました。「考えても仕方がないことは考えない」の境地へ、わずかずつながら向かっています。今、「生きていること」を、安らかな気持ちで喜んでいるような自分を感じることもあります。
最近、廣川先生が、どなたかに「鬱は生命エネルギーの低下した状態だから・・・・。」とはなされているのを聞いて、「エネルギーを低下させてなんかいられない!」と思いました。そう思える自分が嬉しかったです。「エネルギーがないと周囲への応援も出来ない。」とも伺い、深く納得しました。私は教員なので、子供や保護者、同僚を応援してゆきたいです。応援できるエネルギーをもっていたいです。
今年の人間ドックでは、婦人科の他、これまで要注意だった心臓、肝臓、コレステロール、中性脂肪の数値が問題なしになりました。この年齢で、年々、結果がよくなるとは、本当に驚きました。夫も驚いています。遅遅としつつも、四年間でこの様に大きな変化がありました。呼吸法気功に出会い、永く続けてこられたことに感謝しています。

 

6.中性脂肪 2,723が半年で140に!?
 Hさん 群馬県前橋市在住 会社員 40歳代

不調と病気からの回復

呼吸法気功教室に通い始めて5年、不注意のケガの無理から中性脂肪2,723 空腹時血糖値464の糖尿病が2ヶ月で正常値に。その当時、医師に一生治る事はないと言われたケガによる、神経の麻痺も半年で回復。「呼吸法気功教室」
この、呼吸法気功を初めて5年がすぎた頃、私は、不注意から、腰椎の下部、5番に強力な椎間板ヘルニアになる怪我をしてしまいました。今まで、物心ついた時から、大きな、病気、ケガと無縁だった私は、このケガを甘く見ていたようです。椎間板ヘルニアは神経にあたっており、立つとき、座るとき、脂汗が出るほどの痛みがありました。ケガは1月4日でしたが、それから、3ヶ月の間、整体や、病院での治療をしながら、仕事は休むことなく、3ヶ月近く、続けていました。そんな、ある時、病院で神経にあたる強力な痛みを、脊椎へのブロック注射(ステロイド)で、痛みの解消を目的に、打つことになり、2回、連日打ちました。このステロイドのブロック注射は、ほとんど、痛み止めには成らず、その2日後、痛み止めを飲んだら、水が飲めなくなってしまいました。それから、水が飲めない日の3日目、整形外科の先生に「この、3日間水が飲めないが、薬の影響か?」と聞いてみました。そうしたら「そんなことは、ない。」と言われ、「これでは、どうにもならない。たずねる方が違う。」と判断し、近所の内科に問い合わせたら、「そういうこともあるかも知れない。」と言ってくれたので、その先生の所にお世話になろうと、その内科の病院を訪ねた。
そして、検査。結果、中性脂肪2.723 空腹時血糖値464 「生命の危険あり、即刻、入院。」もう一つ「立派な糖尿病です。」と今までの人生で、聞いたことのない、そして、聞きたくない言葉を聞いてしまった。このまま、入院すれば、引き続く投薬と病気の原因が解決出来ず、さらに「生命の危険に追い打ちをかける」危なさを感じ、先ず、かすむ頭と、動きの悪い体で「体にいいことをしよう。」と決め、先ず職場に電話をし、「しばらく休職をする。ことを連絡した。」管理職だった私は、自分が居ないと仕事が回らないと思っていたが、何度か電話での指示は必要だったが、「ただの思いこみだった。」事が解った。「自宅で、かすむ気持ちと、かすむ頭の中で。」仕事から離れて気持ちが静かになったら、いまの自分の様子がなんとなく、解ってきた。先ず自己の過信。立つとき、座るとき、脂汗を出して、悲鳴をあげていた体の言い分を聞かなかったこと。これが、一番の原因。そして、これらの大きなストレスを、発散させる日々の呼吸法気功の稽古を可能な動きだけでもやって、居なかったこと。これが二つめ。そして、休養、それと、食べ物。長い間、スポーツトレーニングをやって来たので、肉、野菜中心のこってりした食事をケガをして、動けないのに、無理に食べ続けた事も大きな原因。食べたいものを食べようと決め、スーパーへ行ったら、魚や、納豆、ネギの仲間が美味しそうに見えたので、食べたら、死にそうな体なのに、抵抗もなく、美味しく食べられた。
そして、4日後、医師より、処方された薬を飲み、散歩や呼吸法気功の稽古三昧の日を過ごし、ゆったり、休養もし、食べたいものを食べ、検査に行った。結果、中性脂肪、1.077まで下がり、血糖値も200近くまで、下がっていた。「やっと、これで生きられる!」と思いました。病院の医師からは、「何をしたらこの様な数字になったのか?」と聞かれ、「先生に処方していただいた薬、食事と生活の改善、そして、呼吸法気功。」と答えたら、先生が「呼吸法気功?」と不思議そうな表情をしていました。その日から、薬を半分に減らし、ゆったりとした無理のない生活、呼吸法気功の稽古、6~8時間、近所の温泉デの湯治、食事の改善、そして、二ヶ月後、健康上の基本数値は、すべて、正常値の体に戻り、「一生、治ることはない。」と言われていた、麻痺していた足首を持ち上げる動きも、痛がゆく、少し動き始めました。そして、その、一ヶ月後には、早足で歩き、軽い、ジョギングが出来るまでに回復しました。健康上のトラブルとの闘いは、ほぼ、終止符を打職場へ復帰する自信も、ついて来つつありました。この、ケガと病気療養中にこんな事を経験しました。近所の温泉に、出来る限り通ったのですが、その、露天風呂でのこと。同じく病気療養中らしき、痩せた70~80歳位の。おじいさんが風呂から出ようと風呂の奥から歩いて来て、風呂の真ん中辺で、スレ違いました。この風呂の深さは、膝から15センチくらい上でした。そうしたら、私の方がすれ違った波の影響で、バランスを崩しそうなりました。わずか、2年前まで、200kgを超えるバーベル担ぎ、スクワットをやっていたことが「遠い、夢の又夢」に思えて、「ものの、あわれ」を感じるひとときでした。もう一つ、後で、病院の医師から聞いた話ですが、2.723という、中性脂肪の数値は、先生の師匠の先生の37年のコレステロールや中性脂肪の専門家としての生活の中で、未だ聞いた事がないダントツトップの数字だったそうです。「どうりで、世の中がかすんで見えたと感じました。」
そして、もう一つ、私達のやっている、全身呼吸の凄さです。1日6~8時間、健康の回復が、目的の日々でしたので、全身呼吸と華松を行いました。元気な時、長い時間行うと、どんどん身体が解放されて、力が湧いてくるような元気さを感じたのですが、病気の回復が目的で、行うのはこれが初めて、ダルさがでたり、スッキリしないもやもやがでたり、と初めの10日くらいは、気持ちの良い感触より、つらい感触の方が、多かったです。しかし、病気の回復と共に、少しずつ壮快な気分にもなれるようになり、稽古も楽しくなりました。
ケガにより、足を上に引きつける神経が機能しなくなり、スリッパを履くと、すぐ、脱げてしまい、シビレを少し感じるていどの感覚でした。整形外科の先生は、「一生治ることはない、良くなっても、しっかりシビレを感じる程度。」と言われましたが、3ヶ月後には早足で、歩くことが出来る様になり、半年後には、走っていました。この、説明を整形外科の先生から受けたとき、私と同程度の神経麻痺をおこしている患者さんがいたら、教えてほしい。と先生にお願いしたら、ある日の診察で、「あの人が、大体、同じ程度だ。」と教えていただきました。その方は、あれから、何年も経ちますがまだ、松葉杖をついて、歩く姿を、時々見かけます。私もこの呼吸法気功をやっていなかったら、今も。同じ様な姿で、歩いていたのかもしれません。とにかく、この、呼吸法気功を学ぶ事によって、私の身体を生かす力が、この、「怪我、と病気との闘い」の経過を通じて、常識のゾーンを遙かに超えて、考えられない位の身体の細胞を再生する力がこの、呼吸法気功教室で身に付いていたことを感謝するだけです。いつも、呼吸法気功教室でご指導いただいている先生、そして、この呼吸法気功のメソッド(方法論)のベースをつくられた西野皓三先生、本当にありがとうございました。

 

7.先天性の心臓病患者の私が初めて走った!?
 Oさん 群馬県高崎市在住 40歳代

不調と病気からの回復

先天性の心臓疾患で今まで走ったことのない私が稽古中に始めて走った。「呼吸法気功教室」
私が呼吸法気功を始めてちょうど1年になります。最初、友達に誘われ、呼吸法気功に興味もあったので、すぐにOKしたのですが家から車で1時間以上かかってしまい、体験教室の一ヶ月で辞めようと思い、通いはじめたのです。ところが、呼吸法気功教室から帰ると、何がどうと上手く表現できないのですが、気持ちなのか?身体なのか?何だか元気になるので体験教室が終わっても辞められなくなってしまいました。具体的に身体が変わって来たのは三ヶ月位、経ってから先生からの気の交流「練気」で走り始めました。走り始めたと言っても、先生からの気を受けるとその場で走っていただけなのですが・・・・・。
私は先天性の心臓疾患の為、14歳の時と20歳の時の二度心臓の手術をして、14歳の時、手術をするまで、100mも歩けないくらいでした。20歳の時の手術で普通の生活が出来る様になりました。そんな具合だったので、走ったことがなかったのです。何か、急ぐことがあって私が走ると、自分では走っているつもりなのに、走り方がおかしいと他の人に言われました。それが最近は足踏み状態から、ちゃんと前傾姿勢から走っていると言われる様になりました。これから、続けられる限り、どんなふうに自分が変わって行けるのか?スリムで強靱な身体になれる様、希望と期待を持って稽古に励んでいきたいと思います。

 

8.身体のさまざまな不調を乗り切る!?
 Kさん 群馬県前橋市在住 自営業 50歳代

不調と病気からの回復

過去(産後)に関節リウマチや急性腎炎?の症状が出る。また、身体の左右差を感じ、表面化する。大病予防策の必要性を感じ、呼吸法気功教室での稽古をスタート、順調に回復する「呼吸法気功教室」
私が、呼吸法気功教室での稽古を始めて二年と二ヶ月が過ぎました。これまで何度も呼吸法 気功教室の宣伝広告を拝見して、呼吸法気功というものに興味を持ちながらもなかなか呼吸法気功教室を体験できる機会がありませんでしたが、40代から50代への節目という体に不安を覚えていたところ、夜の外出環境も調い思いきって教室に足を運んでみました。不安要因は、過去(産後)に関節リウマチや急性腎炎?の症状が出まして、身体の痛みや熱、血圧が上がり尿にたんぱく反応、顔には浮腫みが出た事です。医師の勧めで生体検査の入院日を検討しているうちに、何故か?症状が消えて小康状態に落ち着いたので、結局はっきりとした診断・原因が不明でした。ただ症状は出てこないにしても年々、身体の左側と右側の体温差や左右の足の長さやふくらはぎの周囲差などに、エネルギー循環の違和感を感じてきて、外気功というより内気功に。入会時は、先生を始め熟練者の方達が発する強い気に対して身体が順応するまで、体育館の端で基本の練習がありました。そのときの体感としては、眉間の中心がキーンと痛み、自律神経が反応してドキドキしたり、逆に眠気がきたりしました。時々、呼吸法気功教室の練習中の様子を覗き見していると、有り得ないほど全速力で走り回る人や、操り人形のように糸で揺さぶられているように見える人や、ピョンピョン飛び跳ねてる人や、声を張り上げたりする人・・怪しげな光景に目が慣れるまで、ちょうど良い隔離期間だったように思います。笑皆さんと練習を始められるようになると、個々の感覚はそれぞれ違うと思いますが、だんだん芯からジワ~っと温かくなって、身体の重力が3分の1位に感じられふわりとした浮遊感があり、左足首の炎症も意識しないで走りだしたのには不思議さを感じました。お稽古の後は身体が活性化して、なかなか眠れない日もありましたけれども、20代の頃のように、翌日はなんなく張り切って目覚めるあのバイタリティ溢れる感じです。家族や友人から何故呼吸法 気功教室に行くのですか?とよく聞かれるのですが、それはその場に身を運ぶと言うことで、なにかスケールの大きな懐の深いようなおおらかなエネルギーを受けてすがすがしく感じたり出来ることと、日常でのいろんなネガティブな思い癖を、その時々のシチュエーションで発想転換が出来るようになってきたのが体験として興味深く、また楽しいと思えるからでしょうか・・・呼吸法気功教室と“動くパワースポット”のような廣川先生に巡り合って、この激動の時代を、より自分らしくあるがままに、そしてしなやかに生きていけることに感謝いたします。

 

9.甲状腺腫が稽古継続とともに小さくなる!?
 Hさん 群馬県太田市在住 公務員 40歳代

不調と病気からの回復

去年の11月この呼吸法気功に出会い、とにかく、今まで、生きて、経験したことのない???だらけの世界に、とにかく続けてみなくては!とあっという間に一年が過ぎる。甲状腺腫が小さくなり、結果は出ると言うより、進行形の自己を感じている。
去年の11月、この呼吸法気功の教室に出会った頃、???がいっぱいで、実体が掴めなくて、何しろ、続けてみなくては、結果が出ないと思い、結果を見てみたい一心で、一年が経ちました。その結果は、まだ出ていないと言うより、現在進行形です。なにしろ、面白い世界です。感覚が敏感になって、今まで感じていなかったことが、手や足、体全体で感じ、周りの植物が元気になり、1年で、これ程変わるものは他にはないとおもいます。何が変わるか?というと、先ずは、丹田(小腸にあたり)が暖かくなって、何かに反応して、自分自身は何もしていないのに、フワーと暖かくなるのです。それは、食べ物だったり、水だったり、健康食品だったり、植物だったり、人にも反応します。それが、どういう意味なのか解らないのですが、気持ちいいんです。
それから、これは、報告です。7年前に人間ドックで、良性の甲状腺腫が、見つかり、手で触るとあるな、という程度の大きさだったので、あまり、気にも留めていませんでした。それが、2年前頃から、気になりはじめ、去年の9月頃から、目で確認できる大きさに、成り始めました。さすがの私も、意気消沈、病院の精密検査を受けに行きました。結果は、良性の甲状腺腫なので、摘出しなくても問題はないが、もう少し調べたい、群大の自分の医局まで、来るようにとのこと。(検査を受けた病院で、群大の甲状腺専門の先生が、外来を診察していたため)私としては、色々と検査を受けて、これ以上、検査を受けたくないのと、細胞診の為、注射器で細胞を取ったら、少し小さくなったので、主に診察した院長先生に相談したところ、「何故、診察に行かないのだ、医者の言うことは聞いて居ればいいとのこと。」挙げ句の果てに、「面倒だから、甲状腺の片方を取ってしまえばいいのではないか?」とのこと。取ってしまっても、支障はないか?との私の問いに対して、「ほとんど、支障はないが、一生、薬を飲み続けなければならない場合もある。」とのこと。私は院長先生の人間性を疑ってしまい、それっきり、その病院に行くのをやめてしまいました。それからは、知り合いの薬屋で、血液をきれいにする健康補助食品と細胞を活性化する薬を購入、せっせと飲み続けました。これが、去年の10月のことです。
その頃、呼吸法気功の教室があることを、知り合いから教えてもらいました。特に甲状腺を治したいので、呼吸法気功の教室に通うことになったのではないのですが、半年が経つ頃から小さくなり始めた事に確信が持てるようになりました。今では、見るだけなら、全然、解らず、指で探してみると、やっと、あるなと感じる位、小さくなりました。人間ドックの去年の結果、甲状腺腫大、著変なし。たぶん、薬も効いているかも知れませんが、薬の量は去年の三分の一以下です。まだ、完全に消滅していませんが、きっと、そのうち、なくなる事を確信しています。

 

10.絶命しても不思議ではない転落事故からの回復!?
 Yさん 群馬県前橋市在住70歳代

不調と病気からの回復

暗がりの、仕上がっていない階段(高さ約80センチ)から、前のめりに転落。気絶し、大けがをしたが、約1ヶ月後、怪我を知った知人が御見舞いに来たときにはすでに回復していた。「呼吸法気功教室」
私はこの呼吸法気功教室に通い初めてこの春(平成19年)で4年になります。去年の12月、夕方の暗がりで、上から3段目までしか、仕上がっていない、階段の4段目を踏んでしまいました。下がアスファルト舗装の約80センチの高さから前のめりに転落し、気絶し、大怪我をしてしまいました。息が吸えない状態で、我に返り、整形外科に連れて行ってもらいました、胸部、腹部、上肢、下肢、手首とレントゲンを撮りましたが、骨折はありませんでした。担当医から「年齢からいっても、転落状況からいっても、骨折や内臓破裂ないのは奇跡だ。なにかやっているのか?」と聞かれました。「呼吸法気功をやっています。」と答えたら、納得のいかない様子で、うなずいていました。首から上以外、全身打撲、内出血で黒紫のアザが、入れ墨状態で、関節部分は、特にひどい浮腫、全身が激痛で引きつり、身の置き場のない、地獄の苦しみを味わいました。そして4日後、やっとの思いで、先生に電話をし、ぐんま武道館の道場に息子に連れていってもらいました。稽古は出来る状態ではないので、通気をしてもらい、年明けからは、痛み止めを飲みながら、呼吸法(気功)の稽古のある日は毎日、稽古に通いました。そして、怪我から1ヵ月が経過する頃、知人が私の大怪我を知ってお見舞いに来てくれましたが、腰が少し痛む位で、後はすでに回復していました。私の友人が、公園を散歩していて足を障害物に引っかけ、転倒し、3ヶ月を経過したのに、まだ歩けずにいることと、比較すると、こんなに早く回復できたのは、呼吸法(気功)のおかげで、身体の細胞の再生の力が、高まった為ではないかと思います。そして、こんなこともありました。この怪我のさらに4ヶ月くらい前、テレビを見ながら、ハサミで焼き海苔をきざんでいたら、テレビに気をとられ、ハサミで、左手の指先を切ってしまいました。すぐに救急バンを貼り、家事を続けました。入浴後に貼り替えをと思い、救急バンをはがしたところ、傷口はすでについていました。そして、翌日、もう一度、傷口を見たら、傷口は、きれいに治っていました。以上、痛くて、不思な体験でしたが、呼吸法(気功)のおかげでの身体の変化だと思います。今後、この不思議さが納得できるよう、呼吸法(気功)の稽古に励んでゆきたいと思います。勿論、痛い目には、遭わないで楽しく呼吸法気功教室の稽古をしながらです。

 

11.帯状ヘルペスからの回復!?Kさん 群馬県高崎市在住 会社員 50歳代

不調と病気からの回復

仕事上のストレスで帯状ヘルペスを発症、この呼吸法気功教室の稽古開始と共に、身体に様々な良い変化を実感。「呼吸法気功教室」
呼吸法(気功)研究会に入会して1年半になります。折り込み広告にて廣川先生の写真より感じるものがあり、申し込みをいたしました。3年ほど前に、左顔面と頭部に仕事上の人間関係のストレスから、帯状ヘルペスを発症、当時は、半年くらい仕事も出来ない状態でした。色々と自然治癒力を高める方法で、表面的には、何とか治って来ましたが。自律神経の経路は完全に抜けず首筋の張り、のどの詰まり、胃炎、腎臓の痛み等は残っていました。呼吸法気功教室に通いを始めて間もなく、身体に様々な変化が起きてきました。先ず、喉の詰まりが3回目位の稽古でとれ、その後、半年程で、腸が活性化してきたのでしょうか、1日中ガスがでたり、欠伸が出たりしているうちに、胃の痛みもなくなったのです。又、1年が経過した頃、廣川先生の練気を受けると、上半身のみ{カッカ}とあつくなり、なんでこんなに上半身のみ熱くなるのか?と思っていたとき、気がついたのです。以前病院で動脈硬化測定をしたことがあり、その時、下半身の血流は良く、上半身は平均値より硬化度が高かったのです。次々に溜まっている夾雑物が身体から出され、ある時は1週間くらい基本動作が出来ない程、腰が痛む事がありましたが、不思議とどの症状も短期間に消えてゆきました。お陰様で(悪いときは、白血球3250/cm3)免疫も上がり(現在4500/cm3)仕事で県外に車で出張しても疲労感もなく、行動力もアップして、呼吸法(気功)をするのが楽しくなってきました。地球上の動物、植物、生命のあるもの皆、呼吸をしていますが、人間のみ、呼吸を変えることが出来ル唯一の生物であると言うこと、意識的に呼吸を変えることができ、身体を細胞レベルで変化させる事が出来、生命エネルギーを向上させ、不可能を可能にしてゆく可能性を秘めていると実感しています。これからもパワフルな身体と心の健康美を勝ち得るために。日々稽古に励んでゆきたいと思います。益々、呼吸法(気功)研究会が、発展しますよう、心よりお祈りいたします。

 

12.電磁波過敏症からの回復!?Kさん 群馬県安中市在住 主婦 40歳代

不調と病気からの回復

2003年初めくらいから、現在の医学では、治療困難とされる、電磁波過敏症と診断され、藁をもつかむ思いで呼吸法 気功をはじめる。初めての稽古で元気が出て、これで、治ると確信、電磁波過敏症を克服する。
電磁波過敏症とは化学物質過敏症と同じとは言い切れませんが、かなり共通した部分があるようです。英語ではElectrical SensitivityとかElectrical Hypersensitivityなどといわれており、微弱な電磁波(電場または磁場)をあびることで頭痛、胸痛、めまい、吐き気、あるいは発作を起こして倒れてしまうなど化学物質過敏症と同様の症状を起こしていることが報告されています。
住んでいたアパートが非常に電磁波が強く、住み始めて3年目に発症。現在の医学では治療は困難とされていますが、あらゆる家電製品、携帯電話、電気を使うものほとんど全てに反応するようになってしまい、普通の生活が出来なくなり、何か改善する方法があるはずと思い探していたところ、2004年4月に気功(呼吸法)と出会いました。わらをもつかむ思いでした。初めは気功というもののイメージがあまりわかず、どんなものかわからなかったのですが、とりあえず浜川運動公園での屋外稽古に参加しました。その頃は、毎日起きていることさえ苦痛で、毎日の頭痛、めまい、少し何かすると疲れ、運動することも不安がありましたが、屋外稽古は体がリラックスしてとても気持ちよく、これは普通の運動と何か違う。これなら続けられると思い、その後すぐに入会しました。まず、稽古のときにとても手が冷たくなり、これは何だろう?と思いましたが、自分の体に何か良いことが起きているんだと思いました。その後は、眠気。稽古をした日はとても眠くなりました。きっと今まではきちんと眠れていなかったのでしょう。そして、初めての練気をした後に体が物凄く元気になったのを感じました。これで元に戻る!その時にそう思いました。その後は元気になる一方でした。ひどいときは蛍光灯の下にさえいられず(電磁波で頭痛がひどくなる)、真っ暗闇で家事をしていたあの頃がうそのようです。今ではPCも大丈夫になりました。現在、呼吸法気功教室に通いはじめて3年が経ちました。病気になる前よりも元気になっているので、先日何年ぶりかに会った友達に今までで、今が一番健康そうに見える。20代の頃よりも。と言われました。顔のむくみも取れ、別人だねと言われました。嬉しい限りです。また、体が元気になると色々なことにチャレンジする気力も湧いてきました。本当に若い頃のように、色々なことに興味を持ちそれをやることが楽しくて仕方が有りません。そして、気功(呼吸法)に出会えたこと、それを指導してくれる先生に出会えたことをとても感謝しています。これからもよろしくお願いします。

 

13.他人のサイキックスポンジになる私が!?
 Nさん 群馬県前橋市在住 主婦 40歳代

不調と病気からの回復

強いセンシティビティーの為、他人のサイキックスポンジになってしまう私が徐々に自己の主人公に。「呼吸法気功教室」
この呼吸法はその人の望むどんなレベルでの変化が可能なメソッドでした。たぶん、その人が望むどんなものでも、求める力に応じて必ず達成させてくれるでしょう。
私は現実を生きて行くのに、とても困難を感じていました。「やりたいことが出来ない。やりたくないことをやってしまう。」と言うような、自分の思いとは異なる行動をとってしまい、いつも自己嫌悪に陥っている毎日を送っていました。得体の知れない恐怖感や不安感を感じやすくパニックになることもあり、最後には、生きることさえやめたくなってしまいます。何が原因なんだろう?精神的な弱さなのか?何に対して弱いんだろう?人間には肉体だけではない、人間が発する何かがあるのだ。それは何だろう・・・?!なにを基準にして明らかにしていけばいいのか解らなかったものが、この呼吸法気功を始めたことで少しずつ明らかになってゆきました。それは「気」というものの存在でした。この生命エネルギーは誰もが持っているものです。しかし、歪んでいたり、十分な量でなかったりすると、人間はあるべき正しい力が発揮できないのです。この呼吸法を続けて行くうちに、色々なことがわかってきました。それは「私は強いセンシティビティーのため、他人のサイキックスポンジになってしまうということでした。」それもネガティブなものに反応してしまうというものでした。小さい頃からの環境やトラウマのために、私はすっかりネガティブに汚染されていました。嫌なことから逃避し、痛みから自らを防衛し、それが逆効果になっていることさえも気づかずにいました。私は私の人生を何者にも左右されず、素晴らしいものにしたい。そして、この「気」というものを捉え、感じ取ろうと思いました。丹田を意識し、正中線をまっすぐたてることで、自分をいつもセンターに置き、周りから影響されない体を作ることができます。理屈では解るものの、実際にそうしようとすることは容易なことではありませんでした。自分一人ではとうてい出来るものではありません。しかし、いったん、事実を受け入れ、心を開くことで、周りからのサポートが必ずやってくるものです。それも、呼吸法気功を始めて、今まで自分がどんなに自分を閉ざしていたのかを感じました。身体を緩めることで、自分を知り、周りの状況が解りやすくなってゆきました。又、心の痛みや傷が、肉体に反応し、前にも増して辛い思いをすることもありましたが、私はこの困難を乗り越えることが、だんだん楽しくなってきました。その先には今まで私が感じることを拒否していた超感覚の世界があることを確信できたからです。そこは穏やかで、安らかな、意識したコントロールのいらない世界でしょう。生命エネルギーは創造エネルギーと繋がり、いま、自分が、するべきことを思い出させ、行動に移す力となります。そして、私は、生きているのが楽しい。自分の存在がうれしい。明日、何が起こるのかワクワクする。あなたの存在が歓びだ。など、ポジティブの感情を沢山もてる様になりました。これからも、恐れと自分に対する良くない決めつけを手放し、変化し続けたいと思います。そして、この生命エネルギーの交流を通して、皆さんが共に幸せであり続けることを願います。ありがとうございました。LOVE and PEACE

 

 

14.医師に手術をしても回復の保証はない!と言われた
 椎間板ヘルニアからの回復!Yさん 群馬県高崎市在住 主婦 40歳代

不調と病気からの回復

椎間板ヘルニアを患い左足がいつも冷たく、しびれる様になる。手術をしても、この痺れは治る保証はないと言われ、この痺れとは一生付き合うしかないと覚悟を決めたが、呼吸法気功と出会い・・・・。「呼吸法気功教室」
この呼吸法気功を始めてこの10月で1年になります。あまり、熱心な生徒とは言えない私ですが、風邪をひかなくなりましたし、ちょっとした喉の痛みや胃痛・腹痛などは、気を(自ら)送ることで、回復する様になりました。打ち身や切り傷などの回復も早くなりました。しかし、最も大きな変化は、次にお話する事です。
三年前、椎間板ヘルニアを患いました。腹筋と背筋を鍛えることで、腰痛自体はひどくならずに、抑えられていましたが、左足がいつも、痺れて、冷たいという状態が続いていました。医師に相談しても、「手術をしても、痺れがなくなる保証はない。」と言われ、痛み止めを飲み続けるのにも抵抗があり、一生この痺れとは付き合ってゆくしかないと、諦めていました。しかし、呼吸法気功を始めて2,3ヶ月した頃から、痺れが徐々に弱まり、ほとんど、意識しないですむ、までに、なっていたのです。ところが、この7月に、子供の時から、私を祖父の様に可愛がってくれた叔父が亡くなり、そのショックで軽い、鬱状態になってしまったのです。さらに、そのすぐ後、家の都合で稽古を一ヶ月ほど休まなくてはならなくなりました。すると、今まで、ほとんど感じなくなっていた左足の痺れと冷えが戻ってきたのです。体調も優れず、今まで、おこなっていた、自宅での稽古も億劫でたまらず、ほとんどおこなっていませんでした。8月末には、追い打ちを掛けるように突発性難聴になってしまったのです。先生にお話したところ、身体に蓄積したストレス(マイナスエネルギー)を身体が手放すときに、その様に体調を崩し、苦しむことがあり(治癒反応)もっと辛い症状の出る方もいらっしゃるとのことでした。稽古が億劫になるのも身体が放出しているストレス(マイナスエネルギー)の影響もあるので、それに負けずに稽古に取り組む様に励ましていただきました。現在は聴力も元に戻り、足の痺れもなくなりました。この事で私の体調はかなりのレベルまで底上げされたのを実感しました。
一年前まで、私は精神的に充実して生きることイコール多くの知識や経験から自己確立することと、考えていました。そして、健康はとても大切だが、知的活動とは切り離された事とも考えていました。ですから、呼吸法気功教室で「知的身体」と言われても、ピンと来ないというのが正直な気持ちでした。そんなコチコチに堅い頭で稽古に出て、三ヶ月の頃だったと思います。数人の生徒対先生の気の交流「練気」の時、大勢の中で気を抜いていて立っていた私は突然、大きな波にさらわれる様な感覚で、後ろに跳ばされていたのです。あの時の驚きは忘れられません。この、呼吸法気功では身体を「緩める」ことが非常に重視されています。緩める稽古をしていると、実に安定した気分になります。私は上がりやすい性格なのですが、この、一年間で、自己をコントロール出来るすべの取っ掛かりのの様なものに手が届いた様な実感のようなものがあります。(まだ、掴めるところまでゆきません。)一人で呼吸法を稽古しているとき、全身呼吸で息を吐き出す度に、身体が緩み、吐き出しているにもかかわらず、大きな拡がりというか、大きなエネルギーが体内に満ちるのを感じます。自分がこれまで、いかに、浅い呼吸をし、身体の芯に不必要な力みを入れて、生きて来たのか!この呼吸法気功を学び、経験する中で実感する事が出来ました。

 

 

15.海外を含め、あらゆる治療院に通っても良くならなかった
 痛みが消える!?Yさん 群馬県前橋市在住 木彫作家 50歳代

不調と病気からの回復

剣道居合道の六段の審査の最中、肩の筋を痛める、仕事が思う様にならず、つらい日々を過ごし、海外を含めあらゆる治療院似通うが良くならない肩の筋が呼吸法気功教室の稽古に参加し完治。「呼吸法気功教室」
呼吸法気功教室に参加して今、十ヶ月が終わろうとしています。昭和64年に剣道居合道の審査を受ける最中に肩の筋を痛め、それから色々と治療をしてきましたが治らず、仕事も思う様にならず、辛い日々を過ごしていました。長い間、海外も含めてあらゆる治療院に通いましたが、思う様にならず、あきらめていました。その時、呼吸法気功教室の事を知り参加しました。寒くなると、痛みもひどかったのですが、三ヶ月が過ぎた頃、気の交流「練気」稽古の時に使うマットを押さえる時、いつもなら痛くない左手で押さえていたのに、気が付かないうちに痛いはずの右腕でマットを押さえていることに、気がつきました。本当に嬉しかったです。現在は痛みはありません。廣川隆志先生のご指導を受けながら、これからも呼吸法気功教室で稽古を続けて行きたいと思います。

 

16.20年来の腰痛がたった1回の施術で消える!?
 Sさん 群馬県高崎市在住 主婦 40歳代

不調と病気からの回復

20年来、医院にも通い、一生付き合うものと覚悟し、苦しんでいた腰痛がたった1回の施術で回復!あまりのあっけなさに、驚く。「呼吸法気功療法」
「腰、痛いでしょう?」と言われたのは、二回目の呼吸法気功教室の時でした。外見からはもちろん、そんな、お話もしたことがないのに、何故 解ったのか?先ず、ビックリしました。先生はさらに、背中に手をかざすと、「ほら、背骨がうごいてるでしょう?」と言われたのです。残念ながら、しっかり、感じ取ることができませんでしたが、それ以降、腰の痛みがなくなりました。と言うか、「痛みが、腰にあったということすら、忘れてしまいました。」という、不思議な体験をしました。
思えば、腰痛との付き合いは、20年以上になります。一時は、病院通いもしました。しかし、医師からは、手術する程ではないので、疲れたら、すぐ休む、痛くなったら、飲み薬と、貼り薬で対処する。と言うことでしたので、この、腰痛とは、一生、付き合ってゆくものだと覚悟していました。腰痛の回復の為にいいと言われることは、出来る事は何でもしました。ヨガやストレッチ体操、水泳の腰痛コースなどにも参加し、ウオーキングなどの軽運動は欠かさずに毎日行って、いました。しかし、改善されるまでに至らず、現状維持といったところでした。それが、こんなあっけないことで、腰痛を気にしないで、生活が出来る日が、来るなんて、思っても居ませんでした。痛いところがなくなると、行動も積極的のなり、人にも、優しくなれる様です。きっと、周りに居る人や、家族にも優しくなれ、幸せにするのではないでしょうか?私の上に不思議な現象を引き起こした、この呼吸法気功教室での出来事で、この、呼吸法気功教室は私にとって、人との出会い同様、大切に育ててゆきたいテーマとなりました。「この、呼吸法気功教室の廣川先生、よろしくおねがいします。」

 

17.20年来のうつ病に数ヶ月で回復の自信が!?
 Mさん 群馬県伊勢崎市在住 主婦 40歳代

不調と病気からの回復

うつ病を20年前に発症。就職、結婚、子育て、仕事、など、人生の節目、節目に再発を繰り返す。呼吸法気功教室での稽古を通じ、今までの自分の「無理な生き方」を知り、自分の向かうべき方向を知る。良い稽古をした後の、治癒反応(好転反応)でもある、うつ病の発作は遠隔気功療法で簡単に通過できることを体験し、苦痛に対する怖さを抱かずに、身体が快方に向かう実感と共に、短期間で、うつ病の発作は自分でコントロール出来る力がつき、うつ病回復の自信が。「呼吸法気功療法}」
私は40歳ですが、短大の時、うつ病を発症し、その後、就職、結婚、子育て、など、人生の大きな節目に再発を3回繰り返しました。2回目以降は2回目以降は操状態にもなるということがわかり、薬を飲んで症状を抑える、そして、頭の命令を体に無理強いする。という生活を繰り返していました。私は、日本人特有の真面目(裏を返せば素直なのですが)の性格が、自分の体のサインを無視して強制労働させていたのです。~しなければならない。~であるべき。という思考回路は体に手かせ、足かせをし、真綿で首を絞めている様なものです。気分転換に食べたり、話たり、歩いたり、温泉に行ったりしますが、本当の意味での癒やしにはなりませんでした。
クリニックでの勉強会や家族会にも出ましたが、表面的な事のみで、やはり、その場限りです。挙げ句の果てには、不安、焦燥感が増し、飲む薬が増えてしまいました。もう、これは、自分で何とかしないと、生きてもいない、死んでもいない、本当に哀れな人間に成ってしまうと思い、解決を心の中で強く求めていました。ある本屋さんとの出会いがあり、一冊の本と出会い、その内容を実践しました。そうしたら久々の友人からの誘いで、呼吸法気功教室に導いてくださった方とお会いする事が出来ました。以前に一度お会いする事があり、前回、お会いした時よりも、お肌がきれいになり、少しほっそりとされていたのです。それから、お姑さんとの苦労話をお聞きして、私も呼吸法気功教室に行ってみようという気持ちになりました。早速、呼吸法気功研究会のホームページを見ましたがよく解りません。でも、うつ病が治りたい一心で高碕の寒い呼吸法気功教室の道場に行き、先ず、見せられたのが先輩達のビデオでした。テレビの画面の中で先生と気の交流「練気」をしている男の人が跳んでいるのです。女の人はケタケタ笑っているのです。しかも、それを見ている人達は楽しそうに笑っている。この呼吸法気功は何の予備知識もなく、子供と一緒の私。???だらけになった私の頭の中にまたもや入って来たのが、こんどは、目の前の教室の道場で廣川先生と気の交流「練気」をしている生徒さんが楽しそうに笑って、跳んで、体を動かしている姿。ビデオの終わりには、生徒さん達の体験談があり、中には著名な方も居り、この呼吸法気功はどんなものなのか?益々、このカルチャーギャップに頭は益々、混乱しました。
廣川先生が、呼吸法気功教室のお稽古の最後に本を読んでくださいました。「生かされている自己を知る」というタイトルでした。またまた、頭をハンマーで叩かれた感覚。そうだよ!私は自分で生きている気で居るが違う、生かされているんだと頭ではなく体が気がついてくれたようです。そして、廣川先生が呼吸法気功教室を帰るときにかけて下さった言葉が「もう、治り始めているよ。ただ、マイナスエネルギー(ストレス)の塊だから、しばらく辛い症状が出ると思うけど、覚悟して行きましょう。ただ、どうしても辛く成ったら我慢せずに電話してください。」全く意味不明、最後、全身呼吸という基本動作を教えていただき、一日10回してくださいと言われました。二日後、頭が痛くなりました。一晩我慢して翌日、頭痛薬を飲んでも効きません。電話でなんか治りっこないと思いましたが、我慢出来ずに廣川先生に電話してしまいました。先生は「今、治してあげるから」と言った数秒で、なんと、私の頭痛が無くなっているのです。うそでしょー!と信じられず、驚きました。後から知りましたが、これが遠隔気功療法というものだそうです。その後も、肩の痛み、胃の痛み、もたれ、頭痛といった症状は出て来ました。中でも胸が痛苦しくなる症状がでてきた時に、先生の遠隔気功療法を受けながら大泣きしてしまいました。私は小さい時から周囲の事が気になる子供で、自己肯定が下手でした。そして、12歳の時に父を失っているので、その時の悲しみの感情が爆発したようでした。体の方は丹田を意識出来る様になったようで、体の外に出る、マイナスエネルギー(ストレス)が丹田に溜まるのが解る様になりました。そして、お稽古を重ねるうちに、体が勝手に発作の時、楽な姿勢を教えてくれるようになってきたのです。呼吸法気功教室では、特別、面白くもないのに、あのビデオの一員に成っていました。
私はこの呼吸法気功に出会ってまだ、三ヶ月足らずですが、「私は、本来の私になりたかったのです。」でも、私は本来の私ではないことを呼吸法気功教室で学ぶ事を通して知り、なりたい自分になれる私を知りました。呼吸法はまだまだ、未知の世界、おそらく、こんな話、信じられないと言う方々の方が多いでしょう。でも、生理学的に理論づけて考えても納得いくのです。基本動作で体を緩める事により、脳、脊髄液の循環が良くなり、自律神経である交感神経、副交感神経のバランスが良くなるのです。お腹がボコボコ鳴る(呼吸法気功教室のお稽古中、数メートル離れた人に聞こえていました。)あくびが出る。涙が出る。唾液が出る。全て副交感神経の働きのお陰なのです。副交感神経が働いてくれると、血流のバランスも整えられてゆき、自然と自分で自分を癒やしているのです。この呼吸法は、整体効果があることも、私は経験しています。足底からふくらはぎ、最後お尻の肉が縮んでボキボキ骨盤が音をたてているのです。以前は重心が左外側に傾いていると感じていましたが、今では、姿勢が良くなり、重心も脊柱に合って来ていると感じています。 クリニックには、先生の「由美かおるは変だ」という発言で、もういいや!と行くのをやめてしまいました。最後に、この、呼吸法気功に出会えたご縁に感謝し、廣川先生とこの呼吸法気功研究会が益々エネルギーに満ちて、発展してゆく様に心からお祈りします。

 

 

18.脊髄液減少症からの回復!?Hさん 群馬県前橋市在住 会社員 30歳代

不調と病気からの回復

呼吸法気功教室に通う様になって4年、「脳精髄液減少症」が日常生活や仕事に支障がない位まで回復。「呼吸法気功教室」「呼吸法気功療法」
私が呼吸法気功研究会の教室に通うようになったキッカケは、「脳精髄液減少症」という病気になった事でした。当時、東京と群馬を毎日、往復していましたが、ある朝、電車の中で、激しい頭痛に襲われ、本能的に動いてはいけない!と思い、半分、気を失うようにして、眠ってしまいました。
東京に着く頃には、頭痛も無くなっていたので、大丈夫がと思い、会社に向かいました。しかし、歩いているうちに、どんどん、頭痛や吐き気が増し、お昼頃には、ほとんど、立てない状態でした。なんとか這う様に家には帰ったのですが、その日以降、姿勢を起こすだけで、激しい頭痛と吐き気をもようすため、寝たきりの状態になってしまいました。病院で検査しても、はっきりした結果は出ず。症状から、推測出来る、病名が「脳脊髄液減少症」でした。当時、治療方法はあるにはあったのですですが、まだ、確立されておらず、診察した病院でも、経験のない。治療方法でした。ゆえに、自然治癒に任せることにしました。しかし、なかなか劇的な回復は無く、2~3時間、起きられる様になるまで、半年、6時間程度起きられる様になるまで、1年かかりました。
病気になって2年目にこの、呼吸法気功研究会と出会いました。始めは稽古場に居るだけで、体が辛くなりました。そのうちに呼吸法気功もする様になりましたが、呼吸法気功教室が終わると、首から、背中にかけて張ったり、頭痛がしたり、病気の症状が重くなったのではないかと、感じました。しかし、2~3時間もすると、頭痛や背中の張りは大部、収まりました。呼吸法気功教室を続けて行くうちに、呼吸法をした後の症状の重さは変わらないのですが、徐々に、起きていられる時間が長くなったり、起きている時の体への負担が少しずつ減少してゆきました。
呼吸法気功教室に通う様になってから、2年後、軽い仕事が出来る状態まで、回復しました。教室に通うようになってから、現在で4年が経過しました。今では、日常生活には、何の問題もなく過ごせています。それでも、完全な体ではないので、呼吸法気功教室での稽古と、先生の外気療法を併用して、病気の治療を行っています。稽古や療法を行っていると、自分の思っていたところとは、全然違うところに原因があったり、体の弱いところがあったりと自分の体をしるキッカケになりました。また、無理をして、体が辛くなっても、呼吸法気功の稽古をすれば、辛さが緩和、解消されました。
病気をした者にとって、自分で緩和ケア出来るツールを持っているのは、安心して生活出来る、事に繋がります。まだまだ、未熟ですが、こらからも続けて行きたいと思います。

 

 

19.過敏性膀胱炎と腰痛からの回復!?
 匿名希望 北海道 苫小牧市在住 会社員 60歳代

不調と病気からの回復

まだまだ冬の気配が残る北海道の3月に、過敏性膀胱と腰痛に悩み群馬の廣川先生の遠隔気功療法の施術をお願いしてから6か月が過ぎようとしています。
当初、毎朝腰の鈍痛で目が覚める状態であったのが、薄紙が剥がれていくように痛みが和らぎ、現金なものであの不安感を忘れている自分に気がつき、あきれると同時にこれからの生活に自信を覚えます。
気は素粒子に似た性質で場所、時間を越えてどこへでも到達するとの本を読み、気に関する本でも説明されていた遠隔気功療法の施術を初めて自分も経験したのですが、それからの毎週の廣川先生の治療時間は、いまだに不思議な世界で、ただ意識をそこに置くだけで、体が反応を起こす、時には不調な箇所の状況についての先生の的確な指摘などなど驚くことが毎回のように起きています。今では、かなり頑固な自分の気の流れも、少しずつ流れ始めているようで、その結果がやはり正直に体の調子も上向いてきていると感じ取れます。
また、年齢ともに、出現してきた口や大腿の腫瘍に強い不安感を覚え、そのつど先生に相談にのっていただくことで、安心し乗り切ってこられました。(次から次と先生もあきれたと思います)
ただ、自分にとってこのように体の治癒していくこととは別に、先生の気を感じ、お話をお聞きしていく中で、少しずつではありますが気の世界が身近なものに感じられることがうれしく、治療の時間は至福な、また自分の人生でこのような出会いが贅沢な時間であったことを強く感じております。廣川先生ありがとうございました。

 

20.転落で腰椎の4番が粉々に!全治7ヶ月のケガを、1ヶ月半で退院!?
 Kさん 群馬県前橋市在住 60歳代

不調と病気からの回復

平成5年11月私は、仕事での作業中3mの高さからのロフトから、はしごが外れ、転落してしまいました。手で押さえるスタイルの簡易はしごでしたので、スルスルと滑ってロフトから外れ、何故か、落下しながら、はしごの枠にお尻がスッポリと挟まった状態で転落しました。その時、はしごの丸太で腰椎を強打し、身体に激痛が走り、悲鳴とうめき声が、部屋中に響き渡りました。
救急病院へ搬送され、診断結果は、腰椎の四番が粉々に砕け、あと、1mmで神経を傷つける状態でした。医師から、足にしびれが出たら手術を行う旨を告げられましたが、私は、救急車の中で、痛みをこらえながら、呼吸法気功の全身呼吸をやってみたら、「ああ、呼吸が通る 大丈夫!」という不思議な安堵感がありましたので、自然治癒で行こうと、心が決まりました。
入院中は、週に2度ほど、廣川先生に病院へ来ていただき、外気療法を受けました。絶対安静で身体を動かす事も出来ない状態にもかかわらず、毎日、快食、快便で、便秘知らずの、毎日でした。
入院時には、体を、動かすことが出来なかったのに、いつも快便で、また、体が、ポカポカと温かった事も不思議でした。怪我は全治7ヶ月の診断が下されましたが、回復も非常に順調で、50日(二ヶ月弱)で退院し、他の病院へリハビリ入院が決まっていましたが、そのまま、退院し仕事に復帰し、ギブスと杖を使い、呼吸法気功の稽古にも復帰しました。
退院当時、腰を反らすことも出来なかった、背骨も今では、私なりのイナバウアーが出来るまでに快復致しました。退院後六ヶ月で、金比羅様の階段を自分の足で上まで、上がることが出来。一年半後には、スペイン旅行にも行くことができました。命を失っても不思議でない高さからの、転落事故だったのに、本当にありがたいことです。
ここまで、回復するには、痛みとの闘いでしたが、私の経験させていただいた、「驚異的な怪我の快復力」は気 生命エネルギーの力が大きく働いた結果だと思います。これからも稽古を積み、さらに、体の若さを蘇らせて行きたいと思っています。この、呼吸法教室との出会いを感謝しております。

 

 

21.たった20日間で、糖尿病から回復!?群馬県前橋市在住 造形教室 主宰

入会6年目 関口清子さん 59歳

 

入会6年目 関口清子さん 59歳

エー!痩せの私が(160cm、45kg)の私が[糖尿病」に?!この2年ほど、私はさわやか検診(前橋市の健康診断)に行っていなかったので、近所の主治医の先生から検診をするようにと連絡があり、夏の教室が終わってから、すぐに伺うお約束をし、医師のところへ飛んでいった時のことである。健康指導値を通り越して完全に病気で、まだ初期だから、食事療法をするように・・・。とエー?!野菜食の多い私が・・・? 振り返ってみると、私は、休養らしき事をしていなかった。
次から次へやってくる用事に振り回され、教室の仕事も忙しかった。特に6、7、8月と造形教室の工作に続き、学校を通して公募に出す子供たちの「絵」に取り組んでいた。おまけに、まだ、更年期の後半、教室で集中して教えているとひどい汗をかき、着替える間もなく冷房にさらされる。夏休み後半、教室の授業をしていながら、力が抜けていく感じがして、自分でも危険を感じていた程だった。
やっと終わった夏休み、私の脳は燃え尽きて、すっかり炭化してしまった感じ。押し寄せるどうにもならない疲れ、だるさ、気分の落ち込み、痩せ、手足のしびれ、空腹感、これらは皆、糖尿病の症状ではないか?! そして寝つきの悪い日々。一人では、とても乗り切れないと思い、呼吸法の教室の廣川隆志先生に相談に乗っていただき、ついでに愚痴まで聞いていただくことになりました。呼吸法気功教室の先生の力強いアドバイスにより、9月は数多く呼吸法気功の教室に通い、何度かの電話による、遠隔気功で気を送っていただきました。大変申し訳なく思ったのは、夜中の12時半に涙ながらに寝むれないと訴えたこと。
朝がけ、夕がけの友人に帰ってくださいと言えなかったこと。明日は一日仕事の日だと思いつつ・・・。 ヤレヤレ。呼吸法教室の廣川隆志先生に大分お世話になりながら、20日後、病院で再び検査すると、なんと、1.2ポイントも数値が下がっているではないか?!糖尿病は治りにくいと本に書いてあったのに20日前の数値どころか2年前の検査数値より下がっているではないか?!早速、呼吸法気功の教室の先生に報告をすると「そんなの簡単だよ!原因を身体から、除けばいいんだよ。」と言いました。主治医は「いかにストレスが病気を作るか解ったね。」と言いました。友人は「そんなの誤診よ!」と言って、呼吸法気功の話には乗ってきません。
私は呼吸法気功をやっているから、休みなしでも大丈夫、病気なんて大丈夫と過信しないで、あわただしい生活の中でも、ゆったりした時間が必要だと、身につまされる思いで、居ります。呼吸法気功教室の廣川隆志先生、大変ありがとうございました。

 

22.シックハウスで苦しんでいた私が生きることに挑戦的に!
 群馬県前橋市在住 Mさん# 主婦 30歳代

群馬県前橋市在住 Mさん# 主婦 30歳代

呼吸法と出会って、3年と9ケ月ほどが経ちました。
呼吸法に入会した理由は「もっと元気になりたい!」「何事にも、受け身的でなく、自分の意志で毎日が送りたい」という願いからでした。
当時は、新築の建材から出るトルエン(シンナー)によって健康を害し、頭痛や倦怠感から毎日を送るのがやっとの状態でした。

呼吸法をはじめてすぐは、稽古の度にひどい疲れと、わき出る何とも言えない感情にさらされていましたが、それが過ぎ去った後、するすると自分を縛っていたものがほどけていくように「楽な感覚」を覚えました。しばらくして、胸が刺されるように痛み出し、2年ほどが経過しました。痛みで眠れない日もあり、つきまとう痛みに苛立ちや諦めの気持ちを満ちながら、一刻も早く痛みを忘れたいために呼吸法に打ち込みました。

 今、その痛みから解放された自分がいます。その痛みが去った後、沢山の事を呼吸法から学んだことを感じました。痛みは自分がとらわれてきた「こころの痛み」。そして、体は「私の歩んできた今までそのもの」。呼吸法を行う中で、今までと向き合い、こだわってきたものを知り、過去を客観的に整理できて来たようです。そして、呼吸法を通じて廣川先生が伝え続けてくださる「気」の力や励ましの言葉、呼吸法の皆さんによって支えられ、「より良く生きよう!」と元気がわいて来ました。

 3年も前の自分とは大きく変わり「自分を取り巻く環境と共に歓んで生きよう」「自分の元の気(質)は何だろう?」・・・自分らしく生きることへの挑戦が始まったようです!呼吸法に出会えたことに心から感謝しております。

 

23.遠隔外気療法・遠隔気功療法で、化学物質をはじめとしたストレスの
 中毒症状からの回復!? Tさん 北海道札幌市在住 学生 10歳代

Tさん 北海道札幌市在住 学生 10歳代

 娘は当時、中2でバレー部に所属していました。その娘が異常を訴えてきたのは、2009年8月で、「足が痛むんだけど…」と。普段は、あまり訴えない娘なのだったので、よほどのことかと思い、すぐ整形外科を受診しました。レントゲン写真では、何も問題はなく「筋肉が疲労していてこのままだと疲労骨折になるから休みなさい。でも休めば治るから」と言われました。けれども、部活を休んでも良くなるどころか痛い箇所が増え、整体やカイロや針やマッサージなど10か所以上も試してみましたが効果なし。そのうち、「頭がおかしい…」と朝が起きられなくなり、学校へ行くことが出来なくなりました。2009年12月ころから2010年2月中旬まで、市内に気功治療をやっているところがあり通い、昼位に起きてから夕方5時くらいまで、つらい治療を毎日頑張りましたが思うように成果が出ず、悩んでいました。
 そんな時、2010年2月中旬にネットで廣川先生の呼吸法気功療法の遠隔外気療法・遠隔気功療法を知りました。廣川先生が「娘さんと電話をかわってください」とおっしゃったので娘に変わりましたが、娘は体調が悪かったせいもあり、一言も答えず2分ほどして受話器を私に返してきました。すると廣川先生は娘の状態をこの目で見たかのように言い当てられました。わたしは「この先生は娘のことをわかってくださる!」と思い、とても気持ちが楽になりました。娘は朝起きられなかったのですが、午後からでも起きて学校に間に合う日は登校できるようにと、遠隔外気療法・遠隔気功療法の時間を学校が終わってからの時間にしてくださいました。また、電話で済むので、娘にとっては通う負担がなく治療を続けられました。実際、治療は週3回からスタートしました。
 
 遠隔外気療法・遠隔気功療法をはじめ一ケ月はこれと言った大きな変化はなくというより、逆に辛そうでした。しかし、ちょうど一ケ月後に、かなり無理をしてただ学校にいる…と言った状態だったと思いますが、朝から学校へ行きました。その後も朝はごはんが食べれず身体を動かすのもつらいので、学校まで私が車で送る日々が続きましたが、休むことなく、また早退することもなく、部活まで出て帰宅するようになりました。そして遠隔外気療法・遠隔気功療法をはじめて3ヶ月の5月末には朝から自分で歩いて登校できるようになりました。4ヶ月経った6月頃から週2回にし、9月中旬まで治療を行っていただきましたが、今は毎日楽しく登校し、2月の頃の娘とは別人のように、自分から話をしていたり、笑ったり、鼻歌まで出、ピアノやギターを楽しむ日々を送っています。

廣川先生に施術していただいた7カ月間、群馬~北海道という距離を感じることなく、本当に娘の辛さをわかってくださる良き理解者だったと思い、感謝しております。本当にありがとうございました。

 

24.子宮頚部細胞異形成からの回復!?
 Tさん 群馬県前橋市在住 小学校教頭 50歳代

不調と病気からの回復

呼吸法気功教室に通い始めて4年2ヶ月が経ちました。友人に誘われ、特に理由もなく呼吸法気功を始めました。その時は、自分自身に何か問題があるとか、困っているとかの自覚は全くありませんでした。でも、問題は大ありで、入会後、間もなくそれに直面する事になったのです。私の中には何十年分のストレス(マイナスエネルギー)が重くたまっていたのです、そのことが身体の変化を通して徐々に解ってゆきました。「呼吸法気功教室」「呼吸法気功療法」
呼吸法気功を始めて一ヶ月後、首が回らなくなりました。痛みと重苦しさはどんどんひどくなり、廣川先生に相談したら、「医者で治ることではない、自分でつくってきたものだから、自分のエネルギーを高めてストレス(マイナスエネルギー)を出してゆくしかない。」と言われました。又、呼吸法気功を始めてから一年後の人間ドックで「子宮頸部細胞異形成(ガンに移行する可能性のある細胞の変化)」と診断され、廣川先生に診ていただくと、かなり強くストレス(マイナスエネルギー)があるとのことでした。この頃は精神状態もかなり低下し、何も楽しく感じないし、外に出る気がしない、常に不安を抱いているような、まさに鬱状態でした。来し方を振り返れば、長い間、嫌なこと辛いことを一人で抱え込み、外に出さない生き方を続けていました。病気になるのも当然の私自身の有り様でした。でも、呼吸法気功を始めなければ、その事に気づくことも出来なかったと思います。私は自分の体が可哀想になりました。体はどんなに痛かった事かと思いました。私が病気になりかけたのは。呼吸法気功を始めたことによって、体が「嫌なことは嫌だ」と表現出来るようになったからだと思いました。それからは週に三回、稽古に通い、稽古の他に廣川先生に気生命エネルギーを送って頂きました。気を送って頂くと熱く、重い痛みを感じました。それからに一年間は身体がとても辛かったです。一日中身体が疲れ果てていて、息を吐く度に、両足から冷たいものが出てゆきました。なにか(メンタル)なストレスがあると、患部が痛みました。不安を感じながら、呼吸法気功の稽古は続けました。やがて身体はトータルでよくなって行きました。問題の細胞異形成は、三年間でほぼ心配のない状態になりました。今は身体の辛さはありません。又、私の場合は身体の変化より先に、気持ちの変化に気づきました。心のクッションが厚くなったような感じです。嫌なことを考えたり、胸にとどめておくことが減少してきました。「考えても仕方がないことは考えない」の境地へ、わずかずつながら向かっています。今、「生きていること」を、安らかな気持ちで喜んでいるような自分を感じることもあります。
最近、廣川先生が、どなたかに「鬱は生命エネルギーの低下した状態だから・・・・。」と話されているのを聞いて、「エネルギーを低下させてなんかいられない!」と思いました。そう思える自分が嬉しかったです。「エネルギーがないと周囲への応援も出来ない。」とも伺い、深く納得しました。私は教員なので、子供や保護者、同僚を応援して行きたいです。応援できるエネルギーを持っていたいです。
今年の人間ドックでは、婦人科の他、これまで要注意だった心臓、肝臓、コレステロール、中性脂肪の数値が問題なしになりました。この年齢で、年々、結果がよくなるとは、本当に驚きました。夫も驚いています。遅遅としつつも、四年間でこの様に大きな変化がありました。呼吸法気功に出会い、永く続けてこられたことに感謝しています。

 

25.集中治療室で、人工心肺が外され元気に!
 埼玉県和光市在住 Iさん 主婦 50歳代

不調と病気からの回復

2011年1月下旬、普段あまり息子に頼みごとをしない母(59歳)から風邪を引いたので何か飲み物を買ってきてくれと携帯に電話がありました。家に帰ると、布団の中で具合が悪そうにしている母を見ると青白い顔で、若干顔がむくんでいて酷く具合が悪そうでした。医者にはいったようで、風邪で胃腸がやられていて下痢が酷いせいで少し脱水症状があるので水分を取るように言われたとのことでした。母は医師のいうことを信じひたすら水を飲んでいました。仕事から帰り翌日の朝、母の様子を見て私は「普通じゃない!」と感じました。母の顔の“むくみ”はさらに酷くなり、手が恐ろしく“冷たい”状態でした。びっくりした私は、このまま母を置いてはいけないと思い、午前中仕事を休んで車に母を乗せ再度病院へ直行しました。私は、普通じゃないと医師にしつこく伝えたのもあり、レントゲンや点滴などをしてもらいその結果、原因が「風邪のため脱水症状になっているだけなので心配ない」ということでしたので少し安心してその日は母を家において会社に行きました。ところが次の日、さらに母の顔は“むくみ”、嘔吐をするのにトイレまで歩くことができない状態にまで悪化をしていました。普通じゃない!と思いましたが、前日医師に言われたことを母も私も信じきり、下痢、嘔吐を繰り返せば菌が体から出ていくので状態は収まるのもだと信じていました。母は私の仕事を心配し、「大丈夫だから仕事に行け」といい、私はその日どうしてもはずせない仕事があり、何かあったら直ぐに電話するように伝え携帯を母の側において会社に向かいました。私は会社に出勤しましたが、その事が頭から離れず1日そわそわしていました。母に再三電話をしましたがつながらず、何かあったのでは!!と思いましたが仕事から離れることができずにいました。その日仕事が溜まっていた私は、残業になることが予想されたために、その日の夕刻に父が早く家に帰れるかを確認しようと父に電話をしました。私の電話は病院にいる父つながり、その時母が病院へ緊急搬送されたことを知りました。びっくりした私は、仕事を投げ出し、母のいる病院へ急ぎました。病院へ到着すると母は集中治療室に入っていました。家族全員がかけつけていました。到着してから4時間ほどが経過し、私達家族は担当の医師から状態の説明を受けました。

病院に運ばれた際、
・母の体温は32度まで下がっていたこと 
・心臓がほとんど動いていなかったこと 
・原因は心臓にウィルスが入って心筋機能が停止状態になっていること 
・母の病名は「劇症型心筋炎」と呼ばれるものであること
を伝えられました。
現在集中治療室で行った処理としては
・現在、人工心肺(経皮的心肺補助装置/PCPS)という機械を体に設置し、心臓機能を機械で行っていること
・人工心肺は1週間以上つけていると合併症を起こして多臓器不全状態になるので1週間を目安に取り外す必要があること
・心臓機能が1週間以内で戻らなければ命が危ないことが伝えられました。
その日、母に会いましたがとりあえず、意識がありしっかりと話せる状態で少し安心しました。母は命が危ないことなど自分では当然知りません。私と父はその日から1週間会社を休み病院へ通うことにしました。1日目の朝、母は「足が痛い!足が痛い!」と苦しんでいました。先生は脳と心臓に最優先に血を送り込むために足を上にあげる。そのために「足は諦めてください」と私と父に伝えました。足は見る見るうちに紫色になり、壊死し始めていたためかなり痛いようです。私は、この時さらっと「足は諦めてください」と意識がもうろうとしている母の前でいった担当医師に対し疑問を持ち始めました。任せていて大丈夫なのか?私は、過去大切な人を病気で看病した経験があります。話は長くなりますが、簡単にいうとその時の経験からもともと医者があまり好きではないんです。そんなこともあり、その日から3日間私はインターネットで病気のことを調べたり、知り合いの医師、東洋医学の先生へ病気のことを聞いたりして、とにかくこれからどうすべきかを考えました。そのことからわかったことは・劇症型心筋炎の救命率は50%以下で腎臓など他臓器が不全を起こしている場合はそれよりも救命率は低くなること
※母は他臓器の状態もとても悪い状態でした。
・足が黒い状態になったら壊死してしまい、足を切断しなければならいこと
・ウィルスはとても小さいので取り除くことは困難であるため自然治癒力で細胞が活性化して回復してくるのを待つしかないこと
・細胞を活性化させるには気功のアプローチが効果的であること
・西洋医学的観点からすると脳と心臓を助けるために足を上げることはやむをえないが、東洋医学的観点からは足を上げることは全体の回復を妨げる要因になると考えること
などが解りました。

次の日から、私は父と話をして母の紫になった足が黒くならないように手で温め初めました。そして、気功の先生を探そうとネットで気功院にアプローチしまくりました。私は「呼吸法・気功研究会」の廣川先生のページに辿り着き、直ぐに電話をすると先生はちょうど、休日で浅草に“さだまさし”のコンサートに来ており、帰り道の大宮ならお会いできるということでしたので私は大宮で先生と会うことにしました。私は先生にお会いして、今の状況をお話したところ先生は、「できることはやりましょう」と私にいい病院まで来てくれるといいました。私は、うつ病のケアの仕事をしており、気功などの東洋医学に興味があったので抵抗はありませんでしたが、父は恐らく先生が来ることに猛反対することが予想されました。また集中治療室にいるので病院側になんと説明するかも不安でした。先生と相談して、・先生は私の会社のカウンセラーで、気功の勉強もしていること・病院側には親戚の叔父さんと説明することを決めました。父と喧嘩をしましたが、強行突破し先生と病院に向かいました。とはいえ気功に対して、一抹の不安があった私は電車の中でその気持ちを先生へ素直に伝えました。そうすると先生は、私に「今どこか具合が悪いところはありますか?」と聞かれました。私はここ最近胸が痛く咳き込んでいるのでそのことを伝えました。廣川先生が手をかざすと体の力が緩むのを感じました。そして、その後スッキリと喉の通りが良くなったのを感じることができました。「凄い!」気の凄さに初めて触れました。余談ですが、もし気功が解らなくて不安な方は、まずご自分が施術を体験してみてください。考えるより体験するとわかると思います。

その日、廣川先生と二人で病院の集中治療室に入り、カーテンを閉めて看護婦さんにわからないように頭の上にある「百会(ひゃくえ)」おへその下の「丹田(たんでん)」胸の中心のツボ、胸部、足の裏の「足芯(そくしん)」に気を送り母の体の状態を確認して貰いました。30分施術が終わり、廣川先生に「手を触ってみてください」といわれ触ってみると驚いたことに廣川先生の手は“とても冷たく”なっていました。先生によると母の体のストレスを少し逃がしたとおっしゃっていました。また、気功の凄さを実感することができました。父の理解も得られず、この日は30分の施術のみとなり、また先生は群馬に帰られるので次の日から遠隔治療をお願いしました。時間を午前、午後2回と決め遠隔で気を送っていただきました。私は正直に遠隔治療に対する不安をまた、先生に伝えると先生はその場で遠隔で私に気を送っていただき、私はまた自分の体がとてもリラックスするのを感じました。どのような仕組かは全然理解できませんが、とにかく確かに感じるのです。
※何度も申し上げますが、とにかく体験してみないことにはわからないと思います。

遠隔治療を3日ほど続けるとその日から母の状態はみるみるうちに良くなってきました。何よりも遠隔治療の後での先生の電話サポートに驚きました。先生に母のその日の状態の変化をお伝えすると、現在母が回復の中のどのステージにあるのかをわかりやすく解説していただきました。たとえば、「体が回復してくると、臓器が血行を回復させるため、熱や腫れが出ると思いますよ。」と先生が言うと本当に熱が出てきたり、「手が冷たいのはストレスが外に逃げているので気にしないでください。」とか言われたりするととても安心しました。1週間後、母の命は後遺症もほとんどなく奇跡的に助かりました。私は気功の効果を確かに実感しました。後から聞いたのですが、人工心肺の機械を病院が購入して2年、劇症型心筋炎という病気でその病院で助かった人は母一人だったようで、その病院では学会発表ものだと医師の先生が張り切っているといっていました。私は、確かに廣川先生の気功がなければ母は助からなかったのではと今でも思っています。

母の退院から1か月後、私は廣川先生の呼吸法気功の教室に参加し、今回のお礼にお伺いしました。正直、まだまだ私にとって気功という世界は未知の部分が多々ありますが、もし、今何か健康的または、心理的にお困りのことがあり、私の体験談をお読みになって一抹の期待をお感じになった方がいらっしゃれば、是非、廣川先生の施術を体験してみてください。

 

 

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